『ネギま!』『ツバサ』をアメリカで出版するDel Reyマンガ部門ディレクターのインタビュー(2)。

前回のエントリー「『ネギま!』『ツバサ』をアメリカで出版するDel Reyマンガ部門ディレクターのインタビュー(1)」からの続きです。コミックス評論雑誌Comics Journalによる米マンガ出版社Del Reyマンガ部門ディレクターであるダラス・ミダウ氏へのインタビュー

ミダウ氏は前回のインタビューでは「マンガ市場に参入する際にとったDel Reyの戦略」について主に語っていらっしゃいましたが、今回は「北米マンガ市場は供給過多の飽和状態なのか」という昨年あたりからよく聞かれる疑問について、見解を述べていらしゃっいます。

Comics Journal:市場を見てきて人たち、特にダイレクト・マーケット(コミックス専門店への流通)に関わってきた人たちの一般的な見解は「マンガの現在のブームは何らかの“是正”の方向に向かっている」であるように思われます。しかしわたしはそれを証明する証拠は現れていないように感じるのですが、あなた自身は何か暗示するものを…

ミダウ氏:“是正”と言う言葉で何を意味しているのか正確につかめないのですが。その言葉が使われているのはもちろん知っていますが、その言葉によって言おうとしていることが人によって違うようです。

特にダイレクト・マーケットでは「マンガブームががある種の最悪の崩壊に向かっている」と推測することを希望するかのようなところがあるように見えます。しかしこれは投資家によるいくつかの好不況の波を生き残ってきたという業界の観点です。わたしはそこでその視点からの予想がある程度述べられているんだと思います。
わたしはコレクションをめぐる熱狂的現象*1についてよく知っていますが、市場は以前と同じではありません。マンガの読者は価値が上がることを期待してマンガを買っているのではなく、読むために買っています。

わたしが“是正”という言葉で意味したのは、現在のマンガ読者が喜んで買うマンガの量には上限があるということです。つまり出版社が性急に書店の棚スペースを埋めようとすることで、結局本を買うためのお金より本が多く出回り、出版社が需要を超過して本を出版してしまう、というところまでくるのではないかということです。

わかりました。でも実際それはもう既に起こってしまっていますよ。

本当ですか?

1年ほど前です。でもそれは比較的小さい規模で起こったのでさほど大きな衝撃はなく、業界の外にいる多くの人々は気づかなかったのです。マンガの目新しさの大部分はもう既に消えてしまっているということは理解しなくてはいけません。売上ではまだ相当な率の成長が見られますが、3、4年前のような150%という成長ぶりではありません。今マンガは、ミステリーや料理本のような本の一つのカテゴリーとして主に受け止められています。

一般書店は自分たちが手に入れられる全てを注文しようとはしません。マンガの売上も、他のカテゴリーの本の売上においても機能しているようないくつかのレベルに分かれています。それはまずトップレベルのベストセラー本、例えば『ナルト』『ネギま!』『フルーツバスケット』が注目を浴び、市場の堅調ぶりを示す。それからトップレベルとまでは行かないたくさんの作品がそこそこ売れて、市場の全売上のかなりの部分を占める。そして最後に2千や3千を売る底辺の作品がある。これはごく普通のことなのです。

マンガ市場で間違いを犯すことはありえます。ADV*2は数年前、積極的に作品を売り出してきましたが、結局やりすぎたため、部門を縮小しました。

覚えています。わたしの大好きな作品の一つ『Aria』は女の子向けの素晴らしいシリーズですが、ADVは3巻出したところで出版するのを止めてしまいました。読者がいなかったのです。とても残念なことです。『Aria』は日本では最も人気のある子供向け作品であり続けているのに、その成功はアメリカまで渡ってくることはできませんでした。ここでは主な読者は10代か大学生だからです。

状況は徐々に良くなっていますよ。一般書店ではこの頃、色々な種類のマンガが手に入るようになっています。Del Reyの出した『げんしけん』と『のだめカンタービレ』は最近までの市場の様子では読者の年齢に入らない層に向けた作品です。『のだめ』は女性向けで日本でとても人気があります。講談社では40万部かそこら売ったと記憶しています。もちろんアメリカで売るのはもっと大変ですが…

現在までに5巻まで出していますね。わたしが推測するに、少なくともDel Reyに利益をもたらしてるくらいは売れているという感じですが。

そうですね。記録的に売れているというのではありませんが、そこそこ良く売れています。

暴力と大人向け描写を含んだ『バジリスク』の1巻も準備されていますよね。他の作品とは、価格、製本、ビニール仕様、装丁などで区別するんだと思いますが…

いいえ。装丁は同じですよ。

他の作品と同じカバーデザインを使うつもりですか?

そうです。

Vizとは対照的に、ランダム・ハウスのような会社がああいう本を市場に出す時、やり方に何か違いはあるんでしょうか?ここでわたしが考えているのは、特に編集の承認や手続きのことですが。

作品によりますね。より成人向けの内容を持つ『バジリスク』の場合には、色々な手続きがあります。ただ覚えておいていただきたいのは、ランダム・ハウスは大きな会社だということです。Viz やTokyopopより大きな財源があると考えられています。つまり訴訟の対象として魅力的なのです。このため、わたしたちは成人向けのテーマ内容を持つ作品を扱う時はとても慎重です。対象年齢の警告に関しても注意を払い、作品がターゲットにしている年齢層に向かって適切に提示することを心がけなくてはなりません。

しかし、一般のマンガ読者の年齢を超えた読者を対象にした作品を扱う会社もあります。Vizは最近、浦沢直樹の『モンスター』を出版しました。『モンスター』はこれまで出版されてきたものよりもっとずっと洗練されていますね。そして順調に売れているようです。

『モンスター』は良いですね。もちろん浦沢氏の他の作品を知っている人なら『20世紀少年』や『プルート』を待ち望んでいるかもしれませんが。わたしは『プルート』を読んでいませんが、『20世紀少年』は浦沢氏が出版順に再発行したいということで、遅れていると聞きましたが…

わたしもそう聞きました。でもVizがそれでも今年の暮れに第1巻を発売するとも聞いた覚えがあります。

そうですね。それも聞きました。そうなると良いですね…なんだか、わたしたちは2人のただのファンみたいになってますね(笑)。Vizは黒田硫黄氏の『セクシーボイス&ロボ』も出しました。この作品も現在の市場では出版されそうもなかった作品です。

素晴らしい作品です。装丁も良く、大きめの本なので目立っていて、こう言ってるようです。「ここに普通とは違うものがあるぞ」

対象年齢ということで別の極端な例では、Del Reyは最近『シュガ・シュガ・ルーン』の翻訳も始めました。小学生の女の子を対象にしていて、売れているようですが。

今のところは上手くいっています。今一次市場において動きがあります。マンガファンの第一世代が年を取ってきて、その世代の好みが徐々に広がっているのです。そして子供たちはマンガに興味を持ち始めています。まだ成長の余地は沢山あります。2004年から2005年にかけての数字を見ましたか?最初のブームが消え去った後でも、マンガの売上は去年24%伸びています。2006年の第一四半期の数字がわかったら、多分同じくらいでしょう。

コミックスの基準で言えば驚くべき数字ですね。いや、一般書店の基準でも驚くべきものです。

その通り。初期の150%のような成長は最早見られませんが、それでもほとんどの出版社が11%や12%ぐらいの二桁成長を喜ぶことになるでしょう。24%と言ったら普通、ほとんどの出版社が達成を望んだ以上の結果ですよ。

わたしの持ってる日本版とはかなり装丁の違う↓英語版『セクシーボイス&ロボ』

Sexy Voice and Robo

Sexy Voice and Robo

↓英語版『のだめカンタービレ』第1巻。
Nodame Cantabile 1

Nodame Cantabile 1

追記:わたしが訳を載せていないインタビューの最後の部分をULTIMO SPALPEENさんが8月7日の記事「認められてしまったスキャンレーション」で紹介していらっしゃいます。

*1:訳者註:コレクションをめぐる熱狂的現象:80年代から90年代初頭にかけてアメリカのメインストリーム(主にスーパーヒーローもの)のコミックスが「コレクターズ・アイテム」としての将来の値上がりを期待する投機の対象となった。出版社によってはこの投機ブームに便乗し、同じ作品のカバーを変えたバージョンをいくつも出版したり、極端な例では拳銃で撃った穴の空いたコミックスをレアものとして売り出したりした。ブラッドフォード・ライト著『Comic Book Nation』(John's Hopkins University Press)によると90年代までにはコミックスはコインと切手に次ぐ第3位のコレクター市場となっていた。(P.279)

*2:訳者註:ADV:英語版『ニュータイプ』である『Newtype USA』やアニメDVDを発売するADVisionのマンガ部門であるADV Mangaのこと。『クロマティ』『あずまんが大王』を出版している。