米大手コミックス出版社が日本の新興マンガ出版社と提携してオリジナルマンガ出版。
本の業界紙「パブリッシャーズ・ウィークリー(Publishers Weekly)」に15日付けで「DCが日本の新興マンガ出版社に投資(DC Invests in Japanese Manga Startup)」という記事が掲載された。
この記事を簡単に要約すると、『バットマン』や『スーパーマン』で知られるアメリカのコミックス出版大手DCコミックス社が日本の新興マンガ出版社フレックス・コミックスに投資し同社と事業提携を行うことになったというもの。
フレックス・コミックスは、2006年12月からソフトバンク系列のマンガ出版社として月刊誌『少年ブラッド』を出版。現在はネット上や携帯でマンガを配信するなど、ネット上の事業がメインとなっている。DCはそのフレックスと組んで携帯、ネット、紙媒体のためのオリジナルマンガを製作することになるようだ。
DCコミックスは今年の初めにDCコミックス・ジャパンを日本に設立していて、今回の投資はその会社の主導で行われたらしい。DCコミックス本社ビジネス部門のバイス・プレジデントもフレックス・コミックスの役員となることが決まっている。
これによりDCコミックスは日本でのオリジナルマンガ制作に積極的に参加していく最初の米マンガ出版社のひとつとなる。
日本産のみならず海外産のマンガに興味のあるわたしにとって、この記事はかなり興味深いものだった。個人的に特に面白いと思うのは「オリジナルマンガ制作に積極的でなかったDCコミックスによる、オリジナルマンガ製作開始」と「そのオリジナルマンガ製作を日本や他国のマンガ家さんと個別に契約して行うのではなく、日本の会社と提携して行う」ところにある。どうしてこれが面白いのか、ちょっとだけ説明してみたい。
今回の投資の背景には、現在アメリカのマンガ出版社のほとんどが、出版点数は様々であるものの、日本産ではない自社製のオリジナルマンガを出版する傾向にあることがあげられるだろう。
現在北米で人気のある“マンガ(この場合は日本のマンガと似た形式を持つコミックスのことを指しています)”は、そのほとんどが日本産のマンガの翻訳版。しかしそのライセンスに関しては「小学館&集英社→VIZ」「講談社→Del Rey」「スクエア・エニックス→Yen Press」というラインが既に出来上がっていて上記3社以外の北米の出版社が人気作品を獲得するのは至難の業となっている*1。
そこでTokyopop社は早くから、「Rising Stars of Manga」という新人賞も設立するなど、新人育成、自社オリジナルのマンガ作成に乗り出し続々とオリジナルマンガを出版している。ライセンスに頼れない新興の出版社は特にオリジナルマンガの出版に積極的だが、日本からのライセンス取得に困るわけではない米出版社もVIZ以外はオリジナルマンガを既に出版、もしくは出版を発表している。つまり規模は様々だがオリジナルマンガを制作する北米のマンガ出版社が増える傾向は既にあった。
↓Tokyopop社の新人賞受賞作品を集めた単行本の最新刊。これは北米版だが、この他にイギリス&アイルランド版もある。
Rising Stars of Manga Volume 6
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しかし『スーパーマン』などのスーパーヒーローや高い年齢層を狙ったVertigoレーベルで知られるDCは、米コミック界のもう一方の雄Marvel(『スパイダーマン』『X-メン』など)と比べると、今までは自社オリジナルとしてのマンガ形式のコミックスの出版にあまり積極的ではない印象があった。例えばMarvelは日本マンガ通のCBセブルスキー氏の旗振りのもと、日本マンガ人気が盛り上がった初期の頃からマンガ形式のスーパーヒーローものを出版してみたり、日本人のマンガ家を連れてきて、オリジナルの作品を制作していた。
↓Marvelによる初期のマンガ形式スーパーヒーローもの『Marvel Mangaverse』。あまり評判が良くなかったが、出た当時はインパクトはあった。
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もちろんDCコミックスもCMXレーベルとして『天上天下』などの日本産マンガの他にアメリカ産大人気ネットマンガ『メガトーキョー』などを出版しているが、どちらも既に人気の作品をCMXレーベルの元に出版したもので、自社産のオリジナル作品ではない*2。
↓米産ネット“マンガ”としての最初期の作品のひとつで、最大の人気作品のひとつ『メガトーキョー』。この最新刊にはキャラ表やこれまでの時間経過の説明付。
Megatokyo: VOL 05 (Megatokyo (Graphic Novels))
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米マンガ出版社がオリジナルのマンガを出版していく場合、今までは、マンガ賞を設立し新人を発掘(Tokyopopなど)するか、または東南アジア(Seven Seas Entertainmentなど)、北米(Del Reyなど)、日本のマンガ家と個別に契約(Marvelなど)するのが主なやり方だった。
今回DCはマンガ出版社に投資し、そのマンガの独占出版権を北米で得た。つまりマンガの供給源が確保されてライセンスの問題は解消されたわけだ。なおかつ今回の体制でDCの方針も内容に盛り込めるオリジナルマンガが制作できる。しかも「マンガは日本産でなければダメ」という、今でも北米に多数存在する日本マンガ至上主義のファンに対しても、DCのオリジナルマンガでありながらフレックス・コミックスによる日本産と言うこともできる。
言い換えると今回の投資によってDCは、米マンガ出版社が持つ最大の問題点のライセンスをクリアしつつ、日本マンガ至上主義からの非難も回避しつつ、なおかつ日本市場以外をも最初から視野に入れたオリジナル作品の製作ができるという、かなり美味しい(ように見える)手を打ったのである。考えてみれば、遅かれ早かれ今回のような戦略をとる米マンガ出版社が出てきてもおかしくなかったのかもしれない。
このDCのオリジナルマンガが成功するかどうかは先見の明のまったくないわたしにはわからない。でもこれからも興味しんしんで見守っていくことにする。
先日京都で開かれたマンガ学会「世界の日本マンガ事情」シンポジウムで小野耕世先生が、日本マンガの影響を受けたマンガ家がアメリカで育っていることを受けて「日本のマンガがアメリカで人気なのは素晴らしいが、日本のマンガが新たにアメリカで新しい文化の流れを作ったことも素晴らしい」という趣旨(スイマセン。一語一句覚えているわけではないので、あくまで趣旨です)のことを仰っていた。さすが小野先生!わたしも本当にその通りだと思う。
世界中で今マンガが本当に面白いことになっていて、まったく目が離せない。これからも微力ながら色々紹介していきたいと思う。
*1:以前当ブログの「『こどものじかん』北米で発売中止になった経緯」の記事でも少し触れたように日本産マンガのライセンス取得争いは激烈な“戦争”とも言えるものになっているらしい。このあたりの様子は米新興マンガ出版社Seven Seas Entertainment社の社長のブログに詳しい。また時間があったら取り上げたい。
*2:誤解のないように書いておくと、DCコミックスが日本人のマンガ家さんと組んだことがまったく無いわけではない。大友克洋氏や麻宮騎亜氏の『バットマン』は有名。特に麻宮氏のバットマンは評判が良い上に売れ行きも良かったと知人から聞いたことがある。↓こちらはその麻宮氏の『バットマン』。 Batman: Child of Dreams (Batman (Graphic Novels))