2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点

今年初めてのエントリーになります。ご挨拶がこんなに遅くなりましたが、今年もよろしくお願い致します。


昨年はあまりに色々と時間が取れずほとんど更新ができませんでした。今年こそ、これから少しずつ更新していきたいです!(いつも同じことを言ってる気がしますが…)今回2009年最初のエントリーなので、今まで書き残した分をフォローする意味でも何回か連続して、2008年の北米マンガ界を振り返る記事を書きたいと思います。

第1回目となる今日は「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」を簡単に取り上げ、その後「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」に続けるつもりです。

記事を書くにあたって参考にしたのは主に『ICv2 Guide Manga Anime』。その他参考にした記事は個別に文中で示しました。

(「です、ます」調で書くのが苦手なので、この先からは文体が変わります。読みづらくてすいません!)

それではどうぞ!

2008年北米マンガ市場売上


現在のところ2008年の正確な数字はまだ出ていないが、2001年以降に始まったと言われる北米での日本産マンガブーム以降、2008年は北米のマンガ市場初めて昨年の売上と比べて売上が数%の伸びに留まるか、もしくは弱冠下がると予測されている。


これは出版業界全体を覆う不況の影響がマンガの売上にも例外なく及んでいるからだ。北米でコミック/マンガは主に「一般書店」と「コミック専門店」で売られているが、マンガ全体の売上の85%または90%*1を占めると言われる「一般書店」の業績が悪化し*2ポップカルチャー業界向けサイトICv2では、北米2大書店チェーンの11月と12月のマンガ仕入れ数が予定より30%から60%減少した、との出版社からの報告も伝えている*3


USA Todayの記事にも見られるように、スーパーヒーローものをメインとするアメリカ産の伝統的タイプのコミック売上が2008年から2009年に渡って堅実な成長を見込まれているのと違い、特にマンガが不況の影響受けている理由について「マンガ読者層の若さ」を主な理由と挙げる声もある*4アメリカ産のコミックスは読者が40代を中心とした可処分所得の多い層と言われるが、マンガ読者は小学生から高校生まで。不況によりお小遣いの額が減ったため、マンガの売上が鈍くなったというわけだ。


しかし、不況が直接的にマンガの売上停滞、もしくは減少の原因だとしても、不況以前からマンガ市場の問題点はいくつか指摘されており、不況によってその問題点がより浮き彫りになった、と言うことも言えるだろう。


後半の「北米マンガ市場の問題点」に触れる前に、ざっと2008年度の北米での人気作をおさらいしてみよう。下に挙げた表は「2008年、北米の一般書店におけるグラフィック・ノベル売上ベスト20」だ*5

2008年グラフィック・ノベル売上ベスト2
(Nielsen Bookscan調べ)

  1. WATCHMEN
  2. ナルト VOL. 28
  3. ナルト VOL. 29
  4. ナルト VOL. 30
  5. BATMAN: THE KILLING JOKE SPECIAL EDITION
  6. ナルト VOL. 27
  7. ナルト VOL. 31
  8. ナルト VOL. 26
  9. デスノート VOL. 1
  10. フルーツバスケット VOL. 19
  11. フルーツバスケット VOL. 20
  12. デスノート VOL. 2
  13. BATMAN: THE DARK KNIGHT RETURN
  14. ヴァンパイア騎士 VOL. 4
  15. ナルト VOL. 1
  16. ナルト VOL. 32
  17. BLEACH VOL. 22
  18. ナルト VOL. 25
  19. デスノート VOL. 13
  20. ヴァンパイア騎士 VOL. 1


このベスト20の中にランクインしている『ナルト』は実に9冊!驚くのは発売からほぼ4年半経過した1巻が15位にランクインしているところ。まだ新規の読者が参入しているということだ。


リスト上の『ナルト』『Bleach』『デスノート』『フルーツバスケット』『ヴァンパイア騎士』に加えて最近の人気作品は『ロザリオとバンパイア』『NORA―The last chronicle of the devildom』。

北米マンガ市場の問題点


2002年に6千万ドルだったアメリカの日本産マンガ市場は2007年には2億1千万ドルと、急成長を遂げた*6


2008年度のアメリカの出版市場規模がおよそ132億ドル*7。現在手元に2008年度のマンガ市場のはっきりとした数字が出ていないので雑な計算の仕方だが、2008年のマンガ市場の売上を仮に2007年から横ばいの2億1千万ドルとすると*8、2008年度の日本産マンガの市場は全出版市場のおよそ1%強。つまり日本産マンガ市場は2002年以降急成長を遂げたと言っても、北米では成功しているニッチ・マーケットに過ぎないと言うことができる。そのため当然のことながら、日本とは市場の様子は全然違う。


日本産マンガ市場が北米では一部のファンを主な顧客とするニッチ・マーケットというのは、わかっている人には当たり前のことだが、世界でも例を見ない規模の国内マンガ市場を抱える日本人には感覚的に掴み難いかもしれない。そのため理解しづらいと思われるのが、北米市場の問題としてしばしば言及される「市場の飽和」。つまりマンガを読む読者数、その読者が購入できるマンガの数よりも市場に投入されるマンガの数が多過ぎるという指摘である。


北米では2002年頃から始まったと言われるブームに乗り、出版社がマンガ市場に向けて大量のマンガを出版した。2003年には約700点と言われていた出版点数は、2008年には1356点と約2倍弱になるほど。しかし書店の棚スペースは限られている。熾烈なスペース争いの結果、結局売れ行きの良い本がより多く人目に触れることになり、売れる本と売れない本の二極分化が進んだ*9


その傾向に拍車をかけたと言われるのが、アメリカで最大のシェアを誇るマンガ出版社VIZ Mediaによって2007年に行われた『Naruto Nation(ナルト・ネーション)』キャンペーンである。『ナルト』は現在、北米で最も売れているマンガ。このキャンペーンでVIZ Mediaは、それまで2ヶ月に1冊出版していた『ナルト』単行本を、日本の「疾風伝」編の出版スケジュールに追いつくために2007年9月から12月までの4ヶ月間で12冊出版した。


当初、若い読者層がそのペースで単行本を買うのは無理との見方から、成功が危ぶまれたキャンペーンだったが、個々の『ナルト』単行本の売上にネガティブな影響は見られず(特に上昇したわけでもないようだが)、キャンペーンは成功したと見られている。しかし、現在北米でダントツに人気のある『ナルト』の市場への大量投下は、他の作品の売上を圧迫する結果となった。


そこに来て、この不況。もともと限りある棚スペースを巡る争いがあった上に、書店は不況のあおりで仕入れる本の数を減らし、本の選択も保守的となった。当然、マンガ読者も少なくなったお小遣いでやりくりし、買う作品が保守的になる。


その結果、『ナルト』など超人気作品の売上はそれほど影響を受けることがなかったものの、それ以外の作品は極端に売上を落とす結果となった。実際、2008年には、2社の中堅マンガ出版社が市場から撤退している*10


VIZ Mediaは2009年にも「Naruto Nation redux (戻ってきたナルト・ネーション)」として月に3〜4冊の単行本を出す計画があり、再び市場に影響を与えるのは必至だ。VIZ以外の出版社にとってはた迷惑とも思えるキャンペーンだが、業界1位のVIZ Mediaにとってすら実はこれは苦肉の策。それは、ファンによるスキャンレーション(著作者に許可なく翻訳をして、ネット上にアップロードされているマンガ)が、日本での出版と時差なく出回るため、VIZの出版する単行本売上に深刻な打撃を与えていると考えられているからだ。


しかし実際のところ、スキャンレーションの問題は何もマンガ業界に新しい話題ではないし、アニメ業界では以前よりずっと問題視されてきた*11。現在の不況以前から業界トップのアニメ・ディストリビューターが次々と人員削減し営業を縮小したり*12、アニメを積極的に放映してきたケーブルTV『カトゥーン・ネットワーク』が一時期日本アニメ離れを示すなど、明るい話題が少なかった2008年の北米アニメ業界。


最近ようやく日本でも北米アニメ業界の現状が報道されてきているが*13、ネット上に多くアップロードされた著作者からの許可のないコンテンツがその現状に大きな影響を与えているのは、今では共通認識となりつつある。この点について書くと長くなる上に本記事とは趣旨がずれるので別の機会に譲るが、業界トップのVIZの持つ危機感からもわかるように北米のアニメ業界の状況は北米の(ひいては日本の)マンガ業界にとっても対岸の火事ではない。


北米で2008年度に出版されるマンガの総出版点数はもともと1731点と予定されていたが、出版社の撤退その他で1356点となった。2009年の予定点数は現時点で1224である*14。今年も更なる出版点数の減少、マンガ出版社の廃業を予測する人もいるが、ICv2では出版点数の減少そのものは歓迎すべきものとしている。市場規模に見合った適正な出版点数が重要ということなのだろう。


適正な数の出版という以外にも、市場に合ったパッケージングなどによって、まだまだ北米マンガ市場は成長が可能という見方もある*15。例えば、10代をメインとする読者層向けの価格設定の本が多数を占める業界で、多少値段が高めの、濃いファン向けの作品を更に充実させるべきという意見、更にはアメリカ産コミックスでは珍しくないコレクターであるファンが日本マンガでも登場しつつあり、そのようなコレクター向けの本も出版すべきという意見もある*16



さて、2009年の北米マンガ界はどうなるか?


追記:当ブログ2月15日付記事「2008年北米マンガ売上、2000年以降初めて下がる」では、具体的な数字を取り上げています。


ところで、1月29日付の読売新聞(朝刊)1面記事「日本の活力」で、わたしの仕事(海外マンガ出版エージェント)をほんの少し取り上げていただきました。ありがとうございました!





(宣伝スパムコメントが大量に投稿されたため、しばらくコメント欄を閉鎖します。)

*1:「一般書店」と「コミック専門店」のマンガの売上に占める割合:記事によって数字が変わるが、例えばこちらでは「コミック専門店のマンガの売上は全体の10分の1」となっている。

*2:2008年度北米2大書店チェーン『Barns & Nobels』『Borders』の業績悪化アメリカの2大書店チェーンの『Barns & Nobles』と『Borders』のうち、前者は11月と12月の決済で前年比5.2%ダウン、最もマンガの品揃えが良いとされる『Borders』ではクリスマスの買物シーズンが前年比11.7%ダウンとなった。

*3:『ICv2 Guide Manga Anime #62 Apr 2009』p.4参照。

*4:『ICv2 Guide Manga Anime #62』p.4参照。

*5:「Top 20 Bookstore Graphic Novels of 2008」

*6:『ICv2 Guide Manga Anime #57』p.4参照。

*7:http://www.fonerbooks.com/booksale.htm

*8:『ICv2 Guide Manga Anime #57』p.4参照。

*9:書店の本棚のスペース争い:日本でも売れる本と売れない本の二極化、更に書店の棚スペースをめぐる争いはしばしば聞かれる話であり、これは北米に限ったことではない。

*10:2008年に事実上営業を停止した北米マンガ出版社は、BLを専門とするIris Printと日本のブロッコリーの子会社であるBroccolli USA。ICv2「Iris Print Wilts」『アニメ!アニメ!』さんの記事「ブロッコリー米国撤退を発表 12月末に現地法人解散」参照。

*11:著作権者からの許可のなくファンにより主にウエブ上で流通しているものを、マンガでは「スキャンレーション」、アニメでは「ファンサブ」と言う。

*12:例えばAnime News Networkの「Funimation Restructures with Laid-offs in Several Departments 」、「アニメ!アニメ!」さんの「米国カトゥーンネットワーク Toonami 放映枠を今秋終了」参照。

*13:例えば「日本のアニメが世界に売れない。生き残りの道は」参照。

*14:『ICv2 Guide Manga Anime #62』p.4参照。

*15:カナダ・トロントのコミックス専門店『The Beguiling』オーナー、クリスフォー・ブッチャー氏のブログ「Comics212」の記事「Chris's Idiosyncratic Take On the Future on Manga」参照。

*16:濃いファン向けの本:VIZ MediaのSigniture Lineレーベルは濃いファン層を狙ったものとも言える。この他に今後北米マンガ市場の予想される変化にはネット上で読むマンガのビジネスモデルも含まれる。これはまた後日書くエントリーで取り上げる予定。