2008年北米マンガ売上、2000年以降初めて下がる。

前回のエントリーで「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」を取り上げ、この次に書くのは「2008年北米マンガ界の10大ニュース」と予告したが、前回の記事を書いた後に2008年の北米におけるマンガ売上のおおよその数字が出たので、今回はその数字を取り上げたい。


「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」でも書いたように、売上の数字が出る前から2008年は不況の影響もあって、「横ばいか弱冠下がる」と予想されていたが、出てきた数字は想像よりも厳しいものとなった。しかしグラフィック・ノベルの売上は上昇し、コミックス業界全体としては売上が少し伸びたため、業界にあまり悲観的な様子はないようだ。


「グラフィック・ノベル売上上昇(Graphic Novels Up in 2008)」「不況時にグラフィック・ノベルを売る(Selling Good Graphic Novels (& Manga) in a Bad Economy)」他参照。

追記:「グラフィック・ノベル」という言葉の意味については、別エントリーで取り上げているのでそちらを参照してください。「グラフィック・ノベル」とはなにか?」

2月6日から8日にニューヨークで開かれた「ニューヨーク・コミコン」の「グラフィック・ノベル・パネル」での業界向情報サイトICv2の発表において、21世紀に入って劇的に伸びていたマンガの売上が2008年にとうとう下降したことが明らかになった。


2007年の2億1千万ドルから2008年には1億7千5百万ドルへと、ほぼ17%ほど下がり(2008年の数字は2005年の売上とほぼ同じ)、販路としては、コミックス専門店での売上より一般書店の売上のほうが下げ幅が大きかった。


ICv2の分析によると、大手ケーブルTVチャンネル『カトゥーン・ネットワーク』の対象年齢が高いアニメ放映時間帯『Adult Swim』において、マンガを原作に持つアニメの放送が減ったことが大きく影響した。加えて、2008年下半期の経済状況の悪化で一般書店での売上減少に拍車がかかった。更に、マンガの一般書店での売上増に大きく貢献してきた10代前半から10代後半にかけての女性読者の関心が、北米で現在大人気のヤング・アダルト向け小説ステファニー・メイヤー(Stephenie Meyer)の『Twilight』に奪われた可能性も高い、としている。


↓現在北米で大人気の若者向小説『Twilight』。女性に人気のようだ。

Twilight (The Twilight Saga)

Twilight (The Twilight Saga)


マンガの売上が下がった一方で、グラフィック・ノベルの売上は全体で2007年から2008年にかけて弱冠上昇した。内訳は2007年の3億7千5百万ドルから2008年は3億9千5百万ドル。ICv2によると、大ヒットを記録したバットマン映画『ダークナイト』、そして今年公開が予定されるスーパーヒーロー・コミックの映画化で、予告編が話題となった『Watchmen』の影響が大きいという。グラフィック・ノベル売上のうちコミックスの専門店では4%、一般書店では6%と昨年比でアップしているため、ICv2では、コミックスの読者を超えて大ヒットとなった映画『ダークナイト』効果が顕著だと分析している。


ダークナイト』効果とは言っても、特に一般書店でのグラフィック・ノベルの勢いを牽引しているのは『ダークナイト』『Watchemen』の2作品だ。アラン・ムーアデイブ・ギボンズによる80年代の傑作『Watchmen』は圧倒的に2008年で最も売れた作品で、80年代のムーアの『バットマン』作品『The Killing Joke』を含む『バットマン』関連作品も相乗効果で売上を伸ばした。

↓原作『Watchmen』。

Watchmen

Watchmen

↓映画公開に合わせて日本語版も再出版。


今回の2008年売上の発表が出る前から業界では「グラフィック・ノベル全体はまずまず好調、マンガは低迷」との認識があったが、今回の発表はそれを確認するものとなった。


ただし「グラフィック・ノベルの売上が上昇した」と言っても、それぞれの出版社によって高低はあり、更には販路によっても様々のようだ。ニューヨーク・コミコンでの「グラフィック・ノベル業界パネルディスカッション」では、特に図書館への販売、ネット書店での売上が上昇しているとの発言も出ている


上記パネルでは、『ナルト』『Bleach』『デスノート』を擁する出版社VIZ Mediaから「グラフィック・ノベルの好調はマンガにとっても歓迎すべきこと」という見解も表明されていた。マンガの読者層が主に10代であり、青年向・女性向マンガが低迷する北米で、『Watchmen』などの作品をきっかけに対象年齢が高めのマンガ(例えば『バカボンド』『モンスター』)に目を向けてくれることを期待してのことだ。


ちなみにコミック・ブック(日本では「リーフ」とも呼ばれる、薄いパンフレット状のコミック)全体の売上は、2007年の3億3千万ドルから2008年は3億2千万ドルと少し下げた。2007年のヒット作『Civil War』『52』に匹敵する作品が現れなかったせいだとされるが、コミック・ブックとグラフィック・ノベルを合わせると、2007年の7億5百万ドルから2008年は7億1千5百万ドルと売上は上昇。アメリカの経済状況を考えると2008年の売上としては悪くなかった、というのが全体の評価だろう。



下の表は文中に出てきた数字をまとめたもの。
(単位は100万ドル)

2007年 2008年
グラフィック・ノベル (マンガ) 375 (210) 395 (175)
コミック・ブック 330 320
コミックス全体 705 715

その他参考記事:
「アニメ!アニメ!」さんの「北米 日本マンガ売上高 2008年マイナス成長に 前年比17%減」

ULTIMO SPALPEENさんの「2008年度北米市場での売れ筋マンガ・ランキング」では、「一般書店のグラフィック・ノベル売上トップ20」と「コミックス専門店のマンガ売上トップ20」に加えて、図書館へ売上や書店でのインタビューなども考慮してICv2が作成した「2008年の北米マンガ・ベスト25」も掲載されている。