「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(2)


当ブログで勝手に開催している「2008年の北米マンガ界を振り返る」特集。この調子で書いていくと、2008年を振り返っているうちに2009年が終わってしまいそうで、かなりマズイです。忙しさにかまけて、書いたものをアップするのが遅くなっているだけなので、少しずつペースを上げていきたいと思ってます。


1回目に取り上げたのは、「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」「第10位 TOKYOPOPの「マンガ・パイロット・プログラム」:クリエーターの権利」。2回目となる今回は…以下をお読みください。

「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(2)


第9位
デジタル販売元年?:コンピューター画面上で読むマンガの未来


北米で日本のアスキー・メディアワークスや韓国のHaksan Publishingの作品を主に出版している中堅マンガ出版社Infinity Studiosは、2008年2月25日に、翌月の3月1日から自社のサイトを通して取り扱うマンガのほぼすべての「eManga/ebook」の販売を始めると発表した。しかも紙に印刷するコストがかからないため、紙媒体よりも値段が下がるという。


北米のマンガ読者、そしてネット上の多くのマンガ専門サイト、ブログではこの発表を大きく取り上げ、その「eManga/ebook」に大きな期待を表明した。Infinity Studioesがコンピューター画面上で読むマンガ、即ちマンガのデジタル販売に本格的に力を入れる最初のマンガ出版社になると考えたからだ。


コンピューター上で読むマンガと言えば、アメリカでは既にNetcomcisなどが紙媒体の本を出す一方で、ネット上で1話毎の期限付きダウンロードに課金して販売するなど、いくつかの出版社が試しているが、コンピューターのスクリーン上で読むマンガの販売は日本同様、北米でもまだ定着しているとは言い難い。


アメリカでもマンガ読者には「マンガはコンピューター画面上ではなく、紙の本で読みたい」という声が根強い。しかし、それでもInfinity Studiosのこの発表に多くのマンガ読者が大きな期待を表明するほど、紙媒体でないマンガのネットでの流通はファンにとっても、更にはマンガ出版社にとっても大きな関心事であった。


それにはいくつかの理由がある。これは紙媒体のマンガにも言えることだが、ネットを使ったマンガの流通への期待である。


国土の広いアメリカでは、文化的な面以上に地理的な問題で日本よりもマンガを扱う本屋へのアクセスが難しい場合も多く、ネットショップの需要が高い。不景気で大手一般書店が軒並み売上を大幅に落としている中、ネット書店Amazonが堅調なのは、地理的・気候的条件に左右されないのもその理由のようだ。*1


ネット上でマンガが流通することは、部数が少なく地元のコミックス専門店や本屋では見つけるのが難しいマンガも手に入れ易くなるし、在庫切れという問題も克服できるなど、ファンにとってメリットは少なくない。本屋で欲しいマンガを見つけた時の至福の瞬間が何ものにも代えがたいのは、北米のマンガ読者も多いに認めるところであるが、そんなハードコアのファンでも本屋などで見つけ難い本がネット上でなら見つけ易くなる可能性を考え、マンガのネット上の流通、更にはデジタル販売を求める声はよく聞かれる*2


もちろん出版社側にとっても、ネット上でのマンガ販売は成功が望まれる分野だ。大手の流通会社を通して売るのが難しい中堅出版社や、メインストリームではない本を扱う出版社にとっては、本をいかにその本を求めている本屋=読者に届けるかは大きな問題であり、インターネットという販路がひとつ増える意味は大きい。


上で少し取り上げたように、Amazonなどネット書店で紙媒体のマンガは既に売られてきているが、更に最近求められているのがマンガのデジタル販売での流通だ。


特に出版社から、デジタル販売の成功が求められる大きな理由のひとつには「著作権者の許可無くネット上に流通するマンガ」、通称スキャンレーション(scanlation)を挙げることができるだろう。紙媒体の本だと、どうしても日本とアメリカの出版の間に時差が出来てしまい、ファンがネット上に出回るスキャンレーションを読む動機を与えてしまいがちであり、紙の本の売れ行きにも影響する*3


インターネットの出現以降、「著作権者の許可なくネット上に流通するコンテンツ」は数々のメディアにとって大きな問題であり続けている。まず音楽から始まり、アニメ、映画と数々の業界が大きなダメージを受けてきており、コミックスとマンガが一番最近の“被害者”と考える業界人も多い*4業界情報サイトICv2では、あるコミックス専門店のオーナーの話として「最近読者がスキャンレーションを読むことに慣れて過ぎて、スキャンレーションを読む時の罪悪感が減ってきている印象を受ける」という趣旨の談話を引用している。


いくらファンが紙で読むのを好むと言っても、スキャンレーションが世界中から莫大なアクセスを受けていることを考えると、いったん慣れてしまえば「紙で読むこと」と「コンピューターのスクリーン上で読むこと」の差に拘るのは、瞬く間に旧世代のことになってしまうかもしれない。そしてインターネットの利用範囲がこの先広がることはあっても、利用が減ることは考え難い。それならば、アメリカの音楽業界がそうだったように、インターネット上での収入をもたらす新たな方法を考え出すほうが建設的だ。そこで模索されているのがネット上でダウンロードなどによるデジタル販売なのだ。


冒頭のInfinity Studiosによる「eManga/ebook」に話を戻すと、実はファンや業界の期待とは違い、実際にInfinity Studiosが行ったのはDVDにPDF形式でマンガを落とし、そのDVDの販売をネット上で行うことだった。DVDに保存されたマンガという事実に興ざめしたファンも多く、しかも実際に購入した人の意見*5などを読むとそのクオリティには弱冠問題があったらしい。Infinity Studios自体もここ1年同社のサイトの掲示板を閉鎖したり出版点数を減らすなど、その経営を危ぶむ声もある。


しかしInfinity Studiosとは別に、マンガのデジタル販売のビジネスモデルを求めて、いくつかの出版社がデジタル販売を始めている。以下に少し例を挙げてみる。

Dark Horse Comics
韓国のマンガ2作品を自社のウエブサイトで販売。


Digital Manga Publishing
一部のBL作品と『バンパイア・ハンターD』の自社オリジナルマンガ化作品のみ自社ウエブサイトで発売。


Udon Entertainment
自社製作のオリジナルCAPCOMマンガをクランチロール(CrunchyRoll)*6で販売。一部の韓国作品を同クランチロールで無料公開。


Icarus Publishing(日本のエロマンガ専門出版社)
エロマンガ誌『Comic AG』をDirect2Driveサイトにおいて1ドルでダウンロード販売


現在のところ、デジタル販売の成功の話は聞こえてこないが、2009年はここに挙げた以上に、マンガのデジタル販売が多く試されることになるだろう。


特に2009年に入り、コミック専門店対象の最大手取次会社Diamond Comic Distributorが、扱う本の最低売上ラインを引き上げたことで*7、発売部数が少ない作品を多く抱える中小コミックス・マンガ出版社のみならず、大手にとっても取次ぎの問題が更に深刻となっている。


著作権者の許可なく翻訳されネットにアップされたマンガ・スキャンレーションが多量に出回り容易にアクセスできる現在、そのスキャンレーションがアニメ業界のファンサブのように出版社の利益を損なっているという認識は、北米のマンガ出版社だけでなく、日本のマンガ業界にとっても重要だ。マンガのデジタル販売が、スキャンレーション対策前進への大きなステップとなるかは、今のところ定かではないが、少なくとも北米のマンガ出版社はその大小に関わらずデジタル販売に2009年以降、更に本格的に取り組んでゆくことになることは間違いない。

当ブログ関連記事:

「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」(2009年1月31日)
「2008年北米マンガ売上、2000年以降初めて下がる」(2009年2月15日)

「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!(1)」(2009年2月20日

*1:2008年度のAmazonの堅調:"ICv2 Insider's Guide #63" p.4 参照。

*2:コチラの記事では、マンガ好きが集まってデジタルのマンガについて語っているが、ほぼ全員マンガは本で読みたいとしながらも、上で述べたようなデジタル販売の良さについては認めている。

*3:スキャンレーションに対抗するための、北米大手マンガ出版社VIZ Mediaの取り組みは当ブログ記事「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」参照。

*4:著作権者の許可なくネット上に流通するコンテンツ」の最新の“被害者”はコミックス:"ICv2 Insider's Guide #63" p.8 参照。

*5:「emanga」購入者の意見:日本のエロマンガを扱うIcarus Publishingのブログ(アダルト向コンテンツあり)参照。

*6:クランチロールに関しては『アニメ!アニメ!』さんの記事に詳しい。必読。「クランチロールは海外アニメビジネスを変えるか(1)」「(2)」「(3)」

*7:Diamond Comic Distributionの規定変更:例えばコチラのブログに詳しい。