「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(4)

当ブログ『英語で!アニメ・マンガ』の「2008年北米マンガ界を振り返る」特集。勝手に始めた特集ですが、思ったよりたくさんのアクセスをいただいてとても嬉しいです。ありがとうございます。第3弾のその4、となる今回は「2008年北米マンガ界10大ニュース」第7位の発表です。


第7位の記事は、このブログを昔から読んでくださっている人なら、既に知ってると思われることも書いたため、ちょっと長い記事になりました。わかり易くするため、ということでご勘弁を。


以前の記事を読んでいない方は第10位第9位第8位の記事も合わせてお読みください。


それでは第7位です。

「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(4)


第7位
J-OEL:日本人による非日本産マンガ


2008年は北米マンガ界で「J-OEL」という言葉が注目を浴びた年でもあった。「J-OEL」とは簡単に言うと「日本人による非日本産マンガ」。これだけでは訳がわからないと思うのでもう少し説明するが、その前に「J」を取った「OEL」の説明をしようと思う。


「OEL」とは「Original English Language」Mangaの略で、英語圏で製作され出版されたオリジナルのマンガのこと。日本マンガの人気に触発されて、海外で多くの現地産のマンガが出版されるようになるに連れ、「日本産マンガ」と「非日本産マンガ」を区別するために生まれた言葉だ。日本産のマンガは「manga」と呼ばれ、(主に英語圏で出版されている)非日本産マンガは「OEL」または「OEL manga」と呼ばれている。(「global manga」「world manga」「internaional manga」などと、呼ばれることもある。)


このブログでも過去時々取り上げたが、北米のマンガファンはその作品の原産地にこだわる。つまり「日本産」と「非日本産」の違いに敏感で、「日本産でなければmanga(マンガ)ではない」というファンも多い。特に北米でマンガを描こうとする描き手が21世紀に入って多く登場したことにより、日本産でなければマンガと認めないとするファンと、北米でマンガを描きプロとして生きていきたいと考える描き手との間には、しばしば緊張が生まれている。


北米のマンガ家の登竜門となった新人賞『Rising Stars of Manga(ライジング・スターズ・オブ・マンガ)』を主催するTokyopop社から出版された『Dramacon(ドラマコン)』2巻には、その緊張感を描いたシーンが登場する。


アメリカ人マンガ家であるリダ・ゼフに対して、アメリカ人と思われるマンガファンの少年が直接「おまえの描くマンガなんてマンガじゃない!日本人の描いたものだけがマンガなんだ!」という意味のセリフを叫ぶシーンがそれだ。リダはそれに対して「イタリア人の作ったピザしか“ピザ”と呼んではいけないの?」と、やわらかく少年に諭すのだが、少し前まではネット上でもしばしば同じようなやりとりが、ファンとマンガ家たちの間で、そしてファン同士の間で交わされていた。


↓北米で最も人気のある北米産マンガのひとつ『Dramacon(ドラマコン)』。日本語版発売も近い?

Dramacon Volume 2

Dramacon Volume 2


21世紀に入っての日本マンガブーム以降、世界各地のコミックス出版社において、日本産マンガのライセンスを買って日本産マンガを出版する以外に、自社でオリジナルのマンガを制作して出版する動きが数多く見られるようになった。


北米のマンガ出版社にとっても、日本産マンガを出版するための高いライセンス料を考えると、自社でオリジナル作品を作ることはコスト削減に繋がるというメリットがある。しかも『ドラゴンボール』『セーラームーン』などのアニメ人気や、最近のマンガ人気によって自分でマンガを描きたい若者が増えている。ネットなどで自分の作品を発表しているアマチュアのマンガ家の数の急増*1に、出版社が目をつけたのも自然の流れだと言えよう。


「非日本産(OEL)マンガ」出版を試す出版社は依然として多いが、上に述べたように「日本産でなければマンガではない」とするマンガファンの反発があった上に、マンガファンの年齢層に比例して描き手も若く、技術的な問題も大きかったため、今のところ「日本産マンガ」の人気を凌駕する作品はなく、出版点数も日本産と比べると多くない。とは言え、今後事情が変わっていく可能性もある。


今まで、アメリカで制作されてきた非日本産マンガ(OEL)の多くは、以下のような体制だった。

  • 「北米の出版社が北米人マンガ家のオリジナル作品を出版する」
  • 「北米の出版社が非北米人マンガ家のオリジナル作品を出版する」


日本では「日本の出版社が日本人マンガ家のオリジナル作品を出版する」場合がほとんどだが、北米では「非日本産=OEL」マンガと言った場合、北米人がマンガを描いているとは限らない。例えばSeven Seas Entertainment社では、そのオリジナル作品の多くにおいて、原作担当はアメリカ人、マンガ家にはシンガポール、フィリピンなどを含む東南アジア他、北米以外の国のマンガ家を多く起用している。その他、マーベルDel Reyは、今年発売する少女マンガ版『Xメン』で、インドネシア人マンガ家Anzu(アンズ)氏*2を起用している。


↓Seven Seas Entertainment社のOEL作品のひとつ『Hollow Fields』。外務省主催の「国際漫画賞」で大賞受賞。マンガ家のマデリーン・ロスカ(Madeleine Rosca)氏はオーストリア人。

Hollow Fields 1

Hollow Fields 1

インドネシア人マンガ家Anzu氏による少女マンガ版『Xメン』。

X-men: Misfits 1

X-men: Misfits 1


しかしごく最近、日本人が参加する北米産オリジナルマンガも増えてきた。つまり「北米の出版社が企画し、日本人マンガ家を起用する」もしくは「日本人マンガ家による日本では未出版のオリジナル作品を北米で出版する」ケースである。これが「J−OEL」作品と呼ばれているものだ。少しくどいが言葉の使われ方を簡単に整理すると、英語圏では次のようになる。

  • 「OEL (Original English Language)」=「非日本産の(最初に英語圏で発売された)オリジナル作品」
  • 「J-OEL (Japanese Original English Language)」=「日本人のマンガ家が参加した、非日本産の(最初に英語圏で発売された)オリジナル作品」


説明が長くなってしまったが、2008年はこの「J-OEL」が大きく注目された。脚光を浴びた理由は、Digital Manga Publishingの『バンパイア・ハンターD』の成功によるところが大きい。


もともと菊地秀行氏原作の小説『バンパイア・ハンターD』英語版は同社の稼ぎ頭だったが、原作者の菊地氏の許可を得て、菊地氏のファンだという日本人マンガ家・鷹木骰子氏を採用して作られたのが『バンパイア・ハンターD』マンガ。このJ−OEL作品は『バンパイア・ハンターD』初のマンガ化作品ということもあり、北米では予想以上に売上を伸ばした。(ちなみにこの作品は日本でも逆輸入される形でメディアファクトリーから出版されている。)


↓英語版オリジナル『バンパイア・ハンターD』マンガ。

Hideyuki Kikuchi's Vampire Hunter D 1

Hideyuki Kikuchi's Vampire Hunter D 1

↓こちらはその逆輸入日本語版。

バンパイアハンターD 2 風立ちて“D” (MFコミックス)

バンパイアハンターD 2 風立ちて“D” (MFコミックス)


他の2008年の「J−OEL」作品には、ゲームデザイナーとして知られる鈴木やすし氏を起用したDrMaster社の『Purgatory Kabuki』に『Goths Cage』や、Del Rey社の『Kasumi』などもある。


↓Del Rey社のJ-OEL作品『Kasumi』。

Kasumi 1

Kasumi 1


厳密に言うと、80年代には大友克洋氏が、90年代に入っては麻宮騎亜氏がDCコミックスの『バットマン』やマーベルの『Xメン』に参加するなど、日本人が海外の出版社の作品制作に参加するのは近年始まったことではない。最近では日本人ユニット・グリヒル(Gurihiru)氏がマーベルで『パワーパック』シリーズに参加したり、2007年にも濱本隆介氏がImage社からオリジナル作品『Compass』を出している。


↓Gurihiru氏の『パワーパック』シリーズのひとつ。

Fantastic Four and Power Pack

Fantastic Four and Power Pack


更には、2008年にDCコミックス社のマンガレーベルであるCMXが、日本人マンガ家・夏目義徳氏を起用して「バットマン」シリーズの1作『Batman Death Mask』を発売。「バットマン」というメジャーなキャラクターを大胆な解釈で描いたこの作品も注目を集めた。ここに例を挙げたように米国作品に参加した日本人マンガ家の例は過去も現在も多く挙げることが出来るが、既存のキャラクターを登場させる作品ではなく、濱本氏のように日本人マンガ家が「自分のオリジナル作品を日本以外で最初に出版」または「日本以外で出版されるオリジナル作品の企画に参加」という例は、以前はさほど多くなかったのである。



夏目義徳氏の『バットマン』。

Batman Death Mask

Batman Death Mask


しかも過去に多かった例は、大友、麻宮、近年では夏目や濱本など、日本で既に人気があったり、作品を出版しているマンガ家が海外に呼ばれて作品を作るケース。日本でデビューしていた日本人マンガ家の作品が、日本より先に海外で出版される例もこれから増える可能性が高いが、これとはまったく別に、間違いなくこれからドンドン増えると思われるのがグリヒル氏のように「日本人マンガ家で、過去に日本での出版経験は無く、日本でデビューするより前に外国でデビュー」というケースだろう。


既に触れたように、オリジナルの「非日本産マンガ」を製作し出版する出版社は北米に限った話ではなく、しかも最近は北米以外でも「日本人による非日本産マンガ」出版もその数を増してきている。例えば日本人マンガ家Kei Ishiyama氏は日本でデビューする前にドイツでデビューしている。


↓ドイツで出版されたKei Ishiyama氏のマンガ。

Grimms Manga 01

Grimms Manga 01


そのため本来は英語圏に限定すべき話ではないかもしれないが、もともとフランスなどでは北米ほどファンが「日本産」「非日本産」の区別をしていないこともあって事情も異なる上、この記事の趣旨からはずれるので、ここでは話を北米に限定させていただく。


北米での「非日本産(OEL)マンガ」に話を戻すと、北米で積極的にオリジナルのマンガを出版してきたTokyopopはそもそも北米でのマンガブームの初期の頃から社長自ら別名で原作を提供し、「日本人マンガ家による非日本産(J-OEL)マンガ」である『プリンセス・アイ』を出版してきた。最近では日本で日本人マンガ家を公募し、オリジナル作品を製作。作品は逆輸入され、日本でも発売している。


ソフトバンク・クリエイティブから出ているTokyopopレーベルの1作品。J-OEL作品として、日本より先に北米で出版されている。


2008年夏の「コミティア」でも、『バンパイア・ハンターD』で成功したDigital Manga Publishingが出張編集部を出し、積極的に日本人マンガ家起用に乗り出していたのは印象的だった。Tokyopopもその前年に「コミティア」に出張編集部を出すなど、持込を歓迎している。このように海外のマンガ出版社が、日本人新人マンガ家獲得や起用に積極的になっていく傾向は続くだろう。


ただし、そうは言ってもマンガの“国籍”に対するこだわりは今後減っていくと考えるのが妥当だ。「マンガ」が北米で浸透していけばいくほど「OEL」「J-OEL」という言葉は使われなくなり、ファンの「日本産」「非日本産」へのこだわりは減少していくだろう。そしてネット環境の充実で、国境を越えたやり取りがこれほど簡単になった現在、益々海外でデビューする日本人マンガ家も増え、更には日本でデビューする海外のマンガ家が増えていけば、「OEL」「J−OEL」と言う言葉が死語になる日も近い。


当ブログ関連記事:

「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」(2009年1月31日)
「2008年北米マンガ売上、2000年以降初めて下がる」(2009年2月15日)

「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!(1)」(2009年2月20日

「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!(2)」(2009年3月13日)

「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!(3)」(2009年3月14日)

*1:Live JournalやDeviant Artサイトに、アマチュア・マンガ家のコミュニティが2000年あたりを境に爆発的に増える。

*2:インドネシア人マンガ家Anzuはデビュー前、インドネシア唯一のマンガ学校で日本人マンガ家・茶花ぽこ氏(町山まち子氏)にマンガを習っていた。と知り合いだった。