「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(6)
4月に入ってもまだまだ続く「2008年北米マンガ界10大ニュース」。さすがにこのままだと5月に突入しても続いてしまいそうなので、若干焦っています。ガンバリマス…orz
第3弾のその6となる今回は「2008年北米マンガ界10大ニュース」第5位の発表です。
以前の記事を読んでいない方は、第10位、第9位、第8位、第7位、第6位の記事も合わせてお読みください。
「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(6)
第5位
高い年齢層向けマンガ発売点数の増加:マンガvs.インディー・コミックス&グラフィック・ノベル
当ブログの記事「2008年北米マンガ界10大ニュース:第6位」で少し触れたように、北米で『SHONEN JUMP』を発売するVIZ Mediaは、同社の人気作品『ナルト』『Bleach』『ヴァンパイア騎士』よりも高い年齢層の読者を狙った作品の出版を2008年から積極的に打ち出してきた。
『Black Lagoon』『ソラニン』『美味しんぼ』『猫目小僧』などが出版され、特に『Black Lagoon』は今までマンガをあまり読まなかった層にもアピールしたとして売上は好調だ。2009年にも『海獣の子供』『大奥』『デトロイト・メタル・シティ』などが予定されている。
しかし2008年になって高い年齢層向けのマンガを積極的に出版する計画を発表、もしくは出版し始めたのはマンガ出版社のVIZ Mediaだけではなかった。数々の「インディー・コミックス」出版社にも同様の動きがあったのである。
「インディー・コミックス」(または「オルタナティブ・コミックス」)とは、ものすごく大雑把に言うと「中小出版社から出版され、大手出版社の分業制作と違ってひとりの作家が作る作家性の強いコミックス」の事を指す。例えば日本語訳が出た作品で言うと、『ボーン』や映画化された『ゴーストワールド』『アメリカン・スプレンダー』などがそれだ。
↓小野耕世さんによる日本語版『ボーン』。
↓『ゴーストワールド』日本語版。
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↓『アメリカン・スプレンダー』日本語版。
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2008年にはインディー・コミックスを出す出版社が日本のマンガを出版、もしくは出版予定として発表するケースが多く見られた。一見VIZ Mediaの試みと呼応するかのような動きだが、元々の意図は違うと考えられる。
VIZ Mediaの場合は、現在のマンガ読者の年齢層が上がった時にマンガを卒業せず、読み続けてもらうための作品を提供し始めたと見ることもできるが、インディー・コミックスの出版社の場合は「北米のインディー・コミックス読者が、同じテイストを持った日本のマンガも問題なく受け入れることがわかったから」という理由が大きいのではないか。
例えば、Drawn & Quarterlyが出している『東京うばすて山』(2006年)などの一連の辰巳ヨシヒロ作品やVerticalの『ブッダ』『きりひと賛歌』(いずれも2006年)が小ヒットとなって、コミックスの批評家やブロガーから高い評価を受けたり*1、アメリカの「手塚治虫漫画賞」である「アイズナー賞」にノミネートされることによって、「日本産のインディー・コミックス」というべき作品群に脚光があたった。これによりインディー・コミックスを扱う出版社があらためて日本産マンガに大きく注目したと想像できる。
↓インディー・コミックス出版社によるマンガ出版の例。
(辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』を2009年出版)
- 作者: Seiichi Hayashi
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- Top shelf社
(青林工藝社のマンガ・アンソロジー『AX』を2009年出版予定)
- Publisher Studio 407
(カネコアツシのマンガを2009年出版予定)
特にTop Shelfの『AX』(青林工藝舎)の出版はインディー・コミックスのコンベンション『APES』でサンプルが配られたこともあって大きな注目を集めた。
↓『APES』で配られたサンプルの表紙。
手元にあるサンプルには、近藤聡乃『雨の白ワイシャツ』、桐山裕市『屍錦』、安部慎一『私』、辰巳ヨシヒロ『愛の花嫁』から数ページずつ掲載されている。
VIZ Mediaが出版する高年齢層向け作品と、インディー・コミックス出版社の出す作品では傾向が違うことはタイトルを見てもらうとわかりやすい。ただマンガ出版社とインディー・コミックス出版社の双方から出版されたマンガに共通する特徴があるとすれば、それは一般のマンガ単行本より値段が高めで、本の紙質が良く製本もしっかりできていて、対象年齢層が高かったことだ。
上でVIZ Mediaが高い年齢層向けのマンガ出版に積極的になった理由とインディー・コミックス出版社が日本のマンガ出版に積極的になった“元々の意図は違う”と書いたが、マンガ出版社であるVIZ Mediaがインディー・コミックス出版社のDrawn & QuarterlyやVerticalの成功に影響を受けたことは想像に難くない。
特にVerticalが一連の手塚作品の出版で注目されたことは、VIZ Mediaの高年齢層向け作品出版の大きな弾みになったかもしれず、マンガ出版社VIZの動きとインディー・コミックス出版社の動きがまったく関係がないというわけでは勿論ないだろう。
更にVIZ Mediaの取り組みには、インディー・コミックス出版社から出たマンガの成功を受けて、「マンガ」というメディアに対するイメージを変えようとする戦略もうかがえる。
今までのこのブログで繰り返し報告してきたが、北米で人気のあるマンガは『ナルト』を筆頭にアニメ化された作品である。そのため80年代、90年代に日本産アニメやマンガに持たれていた「セックス&バイオレンス」というイメージ以上に現在では日本産アニメ・マンガは「子供向け&バイオレンス」という印象が強い。
真面目な読み物を求めている大人の読者が「マンガ」に偏見を持つ傾向も指摘されている。そのためVerticalでは『ブッダ』『どろろ』『きりひと賛歌』などの手塚作品を「マンガ」として宣伝せず、「グラフィック・ノベル」としてプロモーションを行った。このVerticalの戦略はかなりの成功を収め、業界内部からも賞賛を浴びた。
(「グラフィック・ノベル」という言葉は文脈によって「内容が大人向き」というニュアンスを含む。この言葉について、詳しくは当ブログ記事のコチラを参照。)
VIZ Mediaの取り組みは“子供向けのマンガ”だけではなく、“大人向けのグラフィック・ノベル”も出版して新規読者を開拓しようとする販売戦略の一部かもしれない。更に、これ以外にもVIZ Mediaが高年齢層向けマンガを出版する理由は考えられる。
昨年以来の『Watchmen』の成功もあって、グラフィック・ノベルの売上がこの不況時でも好調だ。書店が限られた棚スペースのことを考えて8ドル弱の『ナルト』を置くよりも、20ドル弱の『Watchmen』を置くほうがスペースあたりの利益が上がると考えてもおかしくはない。特に人気マンガ作品の巻数の多さが、書店を悩ましているとも言われている今、書店のバイヤーに買ってもらわないと書店に本が置けないため、出版社も出版する本に書店の意向を反映することも十分に有り得る。
以前から「北米のコミックス読者はマンガを読まない。北米のマンガ読者はコミックスを読まない」と信じられてきた。そもそも北米では「メインストリーム」と呼ばれる「大手出版社から出ているスーパーヒーロー・コミックス」の読者と「インディー・コミックス」の読者は重ならないと言われている。
しかしそのふたつ以上に他のコミックスの読者層と重ならないと思われてきたのが「マンガの読者層」だった。残念ながら手元に統計的データがないので上で述べたようなことがどの程度真実なのかはわからない。ただファンの間でも業界内でもこれがある程度事実を反映していると考えられてきた。しかしもちろん例外はある。
男性の「マンガ」読者で「スーパーヒーロー・コミックス」や「インディー・コミックス」も読む人も少数だが無視できないほどには存在し、一部の「少女マンガ」読者は「インディー・コミックス」を読むことが知られていた。特に米インディー・コミックス出版社Oni Pressの作品などが人気があると言う。
↓Oni Press社から出ているコミックス。
↓北米唯一の少女マンガ雑誌『Shojo Beat』の表紙も描いたBrian O'Malleyによる『Scott Pilgrim』。ハリウッドで映画化も予定されている。
↓北米産マンガが数多く誕生し始めた初期の頃のマンガ作品として語られることも多い『Blue Monday』。Scott Pilgrim Vol. 5: Scott Pilgrim vs. the Universe
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Blue Monday Vol. 1: The Kids Are Alright
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とは言え、上で述べたのはあくまで例外と考えられている。ゆえに、昨年来からのインディー・コミックス出版社の積極的なマンガ出版、あるいはVIZ Mediaによる高い年齢層を狙ったマンガ出版は、ある意味「インディー・コミックス」「マンガ」などのカテゴリーを超えた取り組みとして注目されたという意見も聞く。
いずれにせよ当ブログの記事「2008年北米マンガ界10大ニュース:第6位」で取り上げたように「北米で売れたマンガの10冊に1冊が『ナルト』」という状況はマンガの市場としては良い状態とは言えない。市場に出るマンガの多様性とその多様性を楽しむ読者の存在が、北米でもマンガ市場が存続していく鍵となるだろう。
*1:最近出版された辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』は『New York Times』のアートのコーナーで取り上げられ、絶賛された。