「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(7)
5月に入ってもまだまだ続く「2008年北米マンガ界10大ニュース」。ここまで更新が滞るとは本ブログ管理人の筆者も思いませんでした。続きを楽しみにしてくださってる方がもしいたら、本当にすいません!
今慌てて10大ニュースの残りのニュースを考えているのではありません。ただ単にあまりにも忙しくて、書いたものの更新が先延ばしになっているだけです…ホントですよ。
第3弾のその7となる今回は「2008年北米マンガ界10大ニュース」第4位の発表です。
以前の記事を読んでいない方は、第10位、第9位、第8位、第7位、第6位、第5位の記事も合わせてお読みください。
「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(7)
第4位:
2008年、北米でマンガの新雑誌が創刊された。フランスに拠点を持つ世界第2位の出版社Hachette Book Groupの子会社Hachette Book Group USAのマンガレーベル「Yen Press」から出た月刊誌『Yen Plus』だ。
↓『Yen Plus』創刊号の表紙。
現在北米で出ているマンガ雑誌はそれほど多くない。日本のマンガ雑誌と似ている形態のものを挙げるとVIZ Mediaが出版している『SHONEN JUMP』と『Shojo Beat』、それからこの『Yen Plus』で3誌目となる。
例えばImage Comicsの『Popgun』、またはVillard(Randam House)の『Flight』など、不定期もしくは1年に1回か2回出版される複数のアーティストの作品を集めた刊行物を“雑誌”と数えるとその数は増えるが、その値段や、製本の違いなどから、今挙げたような2冊は日本でイメージするところのマンガ雑誌とは若干イメージが違う。(上の例では『Popgun』は29.99ドルで現在のレートで換算すると約3千円弱、『Flight』は24.99ドルで約2千5百円。)
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『Popgun』『Flight』などは北米では“雑誌 magazine”ではなく“アンソロジー(anthology)”と呼ばれている。ただ、ややこしいことに『Shonen Jump』を“雑誌”ではなくアンソロジーと呼ぶ人も多い。(もともと“アンソロジー anthology”という言葉が「作者の違う作品をまとめて一つの本にしたもの」を意味するので、当然かもしれないが。)
上記のようなアンソロジーについて書いても面白いとは思うが、今回は日本でイメージする“マンガ雑誌(manga magazine)”に近い形態の、日本産のマンガを扱った定期刊行物に絞って話を進めたいと思う*1 。
過去に遡ると、北米で「日本のマンガ雑誌と似た雑誌を作る」という試みは数々行われていた。Viz Communications(現VIZ Media)の『Pulp Magazine』『Animerica Extra』、MIXX Entertainment(現Tokyopop)の『Mixxzine』、Dark Horse Comics『Super Manga Blast』、 Gutsoon! Entertainment『Raijin Comics』など*2、90年代から試行錯誤が繰り返されたが、結局VIZ Mediaによる『SHONEN JUMP』(2002年11月創刊)まで成功したと言える例はなかった。
2008年に創刊されたマンガ雑誌『Yen Plus』を出すHachette Book Group USAのYen Pressレーベルは2006年に創設されたばかり。北米のマンガ界でもかなりの新顔だ。かつて大手書店チェーンのBordersでマンガのバイヤーを務め、2006年には「北米マンガ界で最も影響力のある人物」のひとりに選ばれたこともあるカート・ハスラー氏(この人物について詳しいことは当ブログのこちらの記事参照)と、DC Comicsの元バイス・プレジデントのリッチ・ジョンソン氏がこの新レーベルの指揮にあたっている。
正直なところ、現時点では『Yen Plus』の発行部数がどの程度なのか、ハッキリした数字が出ていないのでわからない。ただ噂程度の話として「期待通りには売れていない」らしい。しかし2002年の『Shonen Jump』登場までは「米ではマンガ雑誌は売れない」と死屍累々だった雑誌出版に2008年、Yen Pressが乗り出したことは大きなニュースだった。
もちろんこれが大きなニュースになったのは『Shonen Jump』が成功した今でも北米ではマンガ雑誌の成功が難しいと考えられているからである。加えて、今回筆者が『Yen Plus』の創刊を昨年の10大ニュースの4位に選んだ理由は、この新雑誌がその形態だけでなく『Shonen Jump』と比較した場合でも、より日本の雑誌に近いという点にある。
どう近いかは後で述べるとして、まず『Yen Plus』の中身を見てみよう。
上で『Yen Plus』創刊号の表紙画像を2枚挙げたが、それは創刊号と2号の表紙を挙げたので2枚になったのではない。『Yen Plus』には、「日本」「北米」「韓国」の3つの異なる地域からのマンガが掲載され、右開きと左開きの両方の作品が掲載されている。そのため、2枚ともが“表紙”なのである。
そしてそのそれぞれの地域産のマンガにおいて、『Yen Plus』という雑誌のマーケティング的意味が少しずつ違う。
『Yen Plus』に掲載されている「日本」産のマンガは主にスクエア・エニックス社の作品で、そのほとんどが北米でDVD(ブルーレイ)発売が決定しているもの。『陰の王』『ソウルイーター』『ひぐらしの鳴く頃に』などだ。これらの作品は北米のメジャーなケーブルTVでは放送されず、アニメファン以外の一般の認知度は低いが、アニメがもともと好きなファンには訴求力が高いと考えられ、今後発売されるDVD(またはブルーレイ)の売上が見込まれる作品である。
つまり『Yen Plus』はスクエア・エニックスと協力し、同社の北米展開していく作品を積極的に北米読者に紹介していく媒体としての機能を期待されているのだ。
「日本」産マンガと比べれると売上が伸び悩む「韓国」産マンガを掲載しているのは、可能性を持ちながらなかなか人気作品が生まれない韓国産マンガで、実際にはどういう作品が人気が出るか試しているという意味があると思われる。韓国産マンガが日本産よりもライセンス料が安いのも、掲載できる理由かもしれない。
『Yen Plus』の最も野心的な試みが「北米」産マンガの掲載だ。北米のマンガファンから暖かく迎えられているとは言えない北米産マンガだが、雑誌に掲載することで、読者の反応を見ながら作品を作り上げることができ、読者に親しみを湧かせ、人気作品を作り上げることが期待されている。厳しい締め切りに慣れていない北米のマンガ家に締め切りを課すことで、単行本化を確実にし、さらにその出版を早める目論見もあるだろう。
そういう意味で『Yen Plus』に掲載されている北米産2作品『Nightschool』と『Rideback』は鉄壁の布陣だ。『Nightschool』はTokyopopの『ドラマコン』で北米で最も人気のあるマンガ家のひとりとなったスヴェトラーナ・シマコヴァ*3の『ドラマコン』後初のオリジナル作品。『Maximum Ride』はアメリカ産若者向けノベルとして既に人気があったジェームズ・パターソン作品のマンガ化で北米で知名度は高い。作画担当は韓国人Narae Leeで、韓国在住。
↓『Nightschool』1巻単行本。
↓『Maximum Ride』1巻単行本。
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アニメ化された日本の人気作品を揃え、北米の人気作家を連れてきた『Yen Plus』は北米で第2の『Shonen Jump』になれるだろうか?しかしそもそも『Shonen Jump』は北米で、どうして成功(もちろん日本の雑誌同様、雑誌単体では赤字のようだが)できたのか?今までに廃刊となった他のマンガ雑誌と何が違ったのか?
『Shonen Jump』の北米での成功の理由を考察すると、それだけで1本別の記事が必要なのでここでは行わないが、今回の記事に関係ある点だけ挙げると、『Jump』の掲載作品のほとんどはアニメ化された『少年ジャンプ』作品である。創刊時は、いくつかの掲載作品のアニメ化作品がメジャーなケーブルTVで放送され既に北米で人気があり、しかも創刊号は当時人気絶頂だった『遊戯王』レアカード付きだった。
日本の集英社+小学館の100%子会社VIZ Mediaから出版され、日本の『ジャンプ』作品を掲載するという性格上、新しく描きおろされた作品が北米版『Jump』に掲載されることはなく(マンガ以外のページでは北米『Jump』オリジナルの読み物は掲載されている)、アニメ化されていない作品が掲載されることもまれである。つまり北米版『Jump』には、初めからある程度認知された作品のみが掲載されていた。そこには新しい作品を作り上げる場としての雑誌の機能はまったくない。
筆者は個人的には北米での『Shonen Jump』雑誌は『Jump』ブランド確立を目指す宣伝媒体として成功したと思っているが、日本のマンガ雑誌を語るのと同じように北米のマンガ雑誌『Shonen Jump』を語ると誤解を与えるかもしれないと考えている。北米でのマンガ雑誌『Shonen Jump』は人気アニメ・ゲームの関連商品として売れているのであって、日本の『少年ジャンプ』の単純な“輸入品”というわけではないのである。
スクエア・エニックス作品が掲載されている点において『Yen Plus』は北米『Shonen Jump』と同じように、既に日本に存在する作品の宣伝をする機能を期待されていると思われるが、将来人気が出るかどうかもわからない新作を製作し連載させているという点で、『Yen Plus』は日本でのマンガ雑誌が期待されているものに近いと考えることができるだろう。
北米でも出版は不況の影響を強く受け、在庫や流通の問題から2009年は北米でマンガのデジタル配信に更に加速がつくのではないかと言われている。今後『Shonen Jump』『Yen Plus』のような日本雑誌に似た形態を持った紙媒体のマンガ雑誌が数多く北米で創刊されるとは考えにくい。
個人的には『Shonen Jump』も『Shojo Beat』も『Yen Plus』も北米で頑張って欲しい。日本でもマンガ雑誌の売上凋落が巷で話題となり、マンガ雑誌がそのあり方を模索していく時代を迎えることを考えると、マンガ雑誌というメディアがまったく存在しなかった北米でのマンガ雑誌の動向には、これからも注目する必要があると思っている。