北米マンガ事情:アメリカ産原作のMANGA化(2)

前回の記事の続きです。


コチラが前回の記事。

北米マンガ業界にとって新規読者を開拓するのは常に大きな課題であり、メインストリームの作品を楽しむ市場からの読者の取り込みは大きく業界に望まれていることである。2008年におけるアメリカ産原作をもとにしたマンガ化作品の成功は、これからの北米でのマンガ市場の課題とその可能性を示すものであった。

が前回の記事の最後の部分です。


アメリカ産原作のマンガ化作品の成功:“マンガファン”以外の読者拡大の可能性」(2)


思い切って今回は自分の意見を入れた記事にしましたので、客観的な事実のみが読みたい方はパスしてください。

<2009年最大の話題のひとつ、『トワイライト』マンガ化>



そして2009年に入り、アメリカ産原作をもとにしたマンガ化の極めつけとも言える作品の発表が行われた。Yen Press社が『トワイライト』のマンガ化権取得を発表したのである。


『トワイライト』は高校生の女の子とイケメン吸血鬼の恋愛物語で、ティーンエイジャーの女の子たちに絶大な人気を誇るヤング・アダルト向け小説。日本では小説の翻訳版と映画の劇場公開のどちらもが期待を裏切る結果になっているようだが、地元北米ではもともと小説が大人気だった上に、映画化をきっかけにその人気が更に爆発。社会現象とさえ言われた作品だ。


以前の記事でも少し触れたように、そのファン層は北米では日本産少女マンガを読む層と重なっていて、業界ニュースサイトICv2が、2008年の日本産少女マンガ売上の落ち込みの原因のひとつは『トワイライト』にあると分析したほど。Yen Pressによる『トワイライト』のマンガ化権取得の発表はICv2をして「(その単行本出版は)お金を刷るようなもの」と言わしめた。ICv2ほどのエキスパートでなくとも、このマンガが手堅くヒットするのは簡単に予想できる。


現時点で『トワイライト』マンガの発売日は未定。作画は韓国人マンガ家が担当する。

↓『トワイライト』小説1巻。

Twilight (The Twilight Saga)

Twilight (The Twilight Saga)

↓『トワイライト』日本語版。ラノベ調表紙の翻訳版。
トワイライト〈1〉 愛した人はヴァンパイア

トワイライト〈1〉 愛した人はヴァンパイア

↓映画版『トワイライト』DVD。人気爆発の主な理由は映画の主演俳優にあったと言われている。今年のサンディエゴ・コミコンにはその主演俳優が登場。参加発表から当日に至るまで『トワイライト』主演俳優コミコン参加は色々な意味で大騒ぎを巻き起こした。

<米産原作をもとにしたマンガの成功が示すもの>



北米で日本産マンガの人気が上昇したと言われるのは2002年。その歴史の浅さを考えると、出版社が更なる市場の拡大を求めた試行錯誤の結果2008年前後に相次いでヤングアダルト向け人気小説を原作としたマンガ作品の出版を行ったのは自然な成り行きかもしれない。


「日本産マンガブーム」が起きたと言っても日本産マンガの市場は北米ではあくまで「大きなニッチ・マーケット」*1に過ぎない。もちろん2002年以降、その売上が驚異的な伸びを示したことは間違いはないが、現在日本産マンガを扱う北米出版社が売上やファン層の拡大に行き詰まりを感じていることも確かだ。



個人的には、この「米産原作をもとにしたマンガ化の成功」が、市場に行き詰まりを感じる北米のマンガ出版社にとって大きな意味を持ち、短期的にはその生き残りの方向性を示していると見ている。


そう考えたのは以下のような理由だ。

1.北米読者の感覚・感受性に合ったストーリー展開


少女マンガを例にすると、海外での日本産少女マンガ人気は報道されることが多いが、実際に海外(この場合北米)における読者の少女たちが日本産少女マンガに感じる違和感について報道されることは少ない。特に北米でメガヒットしている日本産マンガに子供向けが多いのは、北米と日本とのマンガ読書習慣の違いを考慮しても、その内容に内在する様々な文化的違いが寄与している可能性は高い。これに対して、北米産の原作を使った場合、その物語はそもそも北米読者がターゲットなので、内容に読者が違和感を持つ可能性は少ない。


2.知名度の高さ(マンガファン以外、例えば原作ファンへの訴求力)


前回の記事でも述べたとおり、既にファンがいる小説や小説家を原作に使用した場合、マンガファンのみならず原作ファンへの訴求力もあると考えられる。


3.製作者としての権利の保有


契約内容によってそれぞれなのであくまで推測だが、北米マンガ出版社が日本産マンガのライセンスを購入して出版した場合、作品がヒットして商品化などが行われても出版社の権利はかなり限定される。しかし自社で製作した場合、その作品に対する権利は非自社製作作品より大きいだろう。つまり、成功した時の見返りが大きい。


ただそうは言っても実際には出版社にとって、知名度の高い原作を使ったマンガ化作品はリスクの大きい企画ではある。実際の数字はわからないが、クーンツの小説の「コミックス化権」のほうが日本産マンガの「ライセンス料」よりもはるかに高いことは容易に想像がつく。知名度の高い原作を使用して失敗した場合、出版社にとって痛手は大きいだろう。


しかし、以上に挙げたような理由から北米産原作のマンガ化作品が日本産マンガよりもヒットする確立が上がれば、出版社は益々人気原作に頼り、極端な言い方をわざとすれば、北米マンガ出版社が「日本産マンガ離れ」を起こすことも可能性としてはある。


実際にアニメの場合だと、アメリカの大手ケーブルTVカトゥーン・ネットワークは放送枠に自社製作アニメを増やす傾向にあり、2000年頃に比べると明らかに日本アニメの放送枠が減っている。



<メディアとしてのマンガのローカライゼーション>



海外での日本マンガ人気を語る際に使われた「クール・ジャパン」という言葉が喚起するのは、日本のアニメ・マンガが海外のポップカルチャーの中で特権的な地位を得ているかのような感覚であり、「コンテンツとしての優秀さ=国際競争力」でその地位が保障されているという錯覚であった。たとえ「クール・ジャパン」という言葉で連想される状況がもし仮にあったとしても、状況は刻々と変化しているのにも関わらず、だ。


北米でも日本産マンガの消費が進んだ結果、当然のことながら日本産マンガに影響を受けた作品が以前にも増して次々作られている。その結果、その影響を取り込みながら現地の人々が現地の人々の感性に合った作品を作っている。最初は「日本産」であることに拘ったファンも、いつか産地に拘らなくなるかもしれない。日本ではあまり知られていないが、アニメで言えば、北米では日本産アニメに強く影響を受けた北米産“アニメ”が、日本産とは比べものにならないくらい大きな人気を博している。


例えば「問題のあるシーンをカットする」「右開きのマンガを左開きに変える」というようなローカライゼーションとは別の次元で、メディアとしてマンガのローカライゼーションが起こっていると考えるとわかりやすいかもしれない。北米では日本産マンガ流入の結果、当たり前のことだが北米固有のマンガ製作、マンガ出版、マンガ消費行動が起こっている。その製作・出版・消費行動の違いの背景には、例えばコミックスを巡る歴史的なもの、流通などの物理的なものから文化的価値観など様々な要因があると考えられるだろう。


筆者自身は、現地産の人気マンガや人気マンガ家が生まれることは大歓迎であり、それこそが世界的なマンガの普及に必要なことだと考えているが、将来「MANGA」という言葉だけ残って「日本産マンガを消費するのは日本人だけ」という事態を避けたいと考えるならば、海外におけるメディアとしてのマンガの違いと背景を理解しようとすることも大事なのではないだろうか。



<余談:マンガ出版社によるコミックス出版の試み>



ここからはまったくの余談になるが、2008年『In Odd We Trust』を成功させたDel Reyが同年発表していた新たな試みについて少し触れたい。


『In Odd We Trust』の成功を受けてDel Rey社はクーンツ以上に知名度の高いベストセラー作家であるスティーブン・キング原作の『タリスマン(Talisman)』のグラフィック・ノベル作品の出版(2009年11月出版予定)を発表した。前回取り上げたDel Reyの他の2作品(『In Odd We Trust』『5つの願いごと』)のように「マンガ」として最初から単行本(ペーパーバック)で出すのではなく、同社初のコミックブックのミニシリーズ「グラフィック・ノベル」として出版し、後に単行本化する予定だ。


Del Reyは大手出版社ランダムハウスのマンガ部門として2004年から出版を開始し、基本的に講談社ランダムハウスの提携をもとに講談社のマンガと少数のオリジナルマンガを出してきた。他の北米マンガ出版社であるVIZ MediaやYen Pressのように雑誌は持たず、最初から単行本で出している。


それが今回、初のコミックブック形態での出版、しかもマンガとしてではなく「グラフィック・ノベル」を強調したプロモーション展開を行っている。作画に近年人気のSFグラフィック・ノベル『Y The Last Man』のアーティスト、トニー・シャスティーン(Tony Shasteen)を起用。


筆者は『In Odd We Trust』の成功でDel Rey以下、北米のマンガ出版社が同じような試みを続けるのかと思っていたが、当のDel Reyはキング作品の「マンガ」化ではなく「コミックス」化を仕掛けてきた。


この『タリスマン(Talisman)』コミックス化でDel Reyが読者として想定しているのは、自分たちのこれまでの顧客であるマンガ読者ではなく、コミックスの読者、更にキングの小説の読者である。(いずれもマンガの読者より年齢層が高いと考えられる。)マンガ読者だけでなくコミックス読者に対しても出版することにした背景には、ある時期からほぼ独占していた講談社のタイトル供給がKodansha USAのアメリカ進出によって不安定になるという懸念もあるのかもしれないし、コミックスに将来性を感じたからかもしれない。


個人的には、Del Reyがとった今回の、メインストリームを狙いながら、同時に「コミック出版の基本に帰る」とも見える戦略がとても興味深い。


「2008年の10大ニュース」は北米のマンガ市場を扱ったものなので入れなかったが、2008年は米産グラフィック・ノベル『Watchmen』が爆発的に売れた年だった。多くの業界関係者やファンがマンガ市場の停滞を口にして、「これからはマンガではなく、グラフィック・ノベルが売れる」という発言も度々聞いた。


マンガを専門としたレーベルだったDel Reyがコミックスを出版するのは、その変化の象徴とも言える。今月出版される(予定の)『タリスマン』の売れ行きには注目していきたい。


スティーブン・キングの『タリスマン』日本語版。

タリスマン〈上〉 (新潮文庫)

タリスマン〈上〉 (新潮文庫)

*1:9月27日「東京コンテンツプロデューサーズ・ラボ(TCPL)」にて行われた「世界から見た日本コンテンツ、その強みとは?」で講演をしたアニメニュースサイト「アニメ!アニメ!」数土氏の発言より。