米大手出版社マンガ事業参入と、その責任者に就任した大手書店グラフィック・ノベル部門担当バイヤー。

米大手出版社である「ハチェット・ブック・グループ(Hachette Book Group USA)」がマンガを含むグラフィック・ノベル事業に参入し、新レーベルを立ちあげることを発表した。レーベルの名前は「エン・プレス(Yen Press)」。その名前からも推察されるとおり、日本の翻訳マンガをメインで出版するとのことで、その他にもアメリカ産のオリジナルマンガ、アメリカ産グラフィック・ノベル、ウエブコミックスを扱うことになるようだ。

そしてその立ち上げにあたって、アメリカの大手書店チェーン「ボーダーズ」のグラフィック・ノベル部門のバイヤーであるカート・ハスラー氏と、DCコミックスの元バイス・プレジデントのリッチ・ジョンソン氏の二人が新レーベルのトップに就任することが決まった。(二人の役割分担は現在のところ詳しく発表されていない。)

PublihshersWeeklyのこの記事ICv2のこの記事によれば、新レーベル設立の動きは一般書店での本形態のコミックスが市場として著しい成熟を見せている証であり、ハチェット社のCEOは「グラフィック・ノベルは現在出版市場で最も成長している分野の一つだ。そのグラフィック・ノベル業界で著名な二人を得たことをとても嬉しく思う」と語っている。

これは一見地味(?)なニュースだが、数多くの英語圏のマンガ関連ブログ(例えばこちら)で大きな話題となっている。それは大手出版社が新たにマンガ事業に参入するからではない。話題になっているのは「ボーダーズ」の元バイヤー、カート・ハスラー氏の転職である。

何故このハスラー氏の転職がここまで話題になるのか?それはハスラー氏が現在、マンガ業界で最も影響力のある人物と考えられているからだ。ハスラー氏は業界向けサイトICv2が最近選出した「アメリカのマンガ市場で最も影響ある10人」でもトップに選ばれている。

ちなみにこの「最も影響力のあるリスト10人」は、ICv2が業界の様々な職種の人にインタビューしてまとめたもの。

  1. カート・ハスラー(「ボーダーズ」書店のグラフィック・ノベル部門バイヤー)
  2. ヒデミ・フクハラ(「ビズ・メディア」のCEO)
  3. スチュゥアート・リービー(「トーキョーポップ」の創始者でCEO)
  4. ダラス・ミドゥ(「デル・レイ」の共同発行人)
  5. ジム・キレン(「バーンズ&ノーブル」書店のグラフィック・ノベル部門バイヤー)
  6. マイク・レイチャードソン(「ダーク・ホース」のCEO兼発行人)
  7. マイク・カイリー(「トーキョーポップ」発行人)
  8. ユミ・ホアシ(「ビズ・メディア」の雑誌部門バイス・プレジデント)
  9. ヒカル・ササハラ(「デジタル・マンガ・パブリッシング」CEO)
  10. 岸本斉史(『ナルト』マンガ家)

書店から2人、マンガ出版社から7人、マンガ家が1人選ばれている。

マンガをメインとするブログManga Punkのデヴィッド・ダブ氏は、ハスラー氏が責任者であった「ボーダーズ」のグラフィック・ノベル部門のマンガ業界に対する影響についてこう書いている。

グラフィック・ノベルとマンガの品揃え、棚スペースの確保、並べ方等において、書店「ボーダーズ」のどんな変化もマンガ業界全体に影響する。もしマンガを売っている「ボーダーズ」と(その子会社である書店チェーンの)「ウォルデンブックス」の数を数えたら、優に500は超えるだろう。販売されているマンガについて全てを知っているわけではない消費者にとって、何が棚に並べてあるかがその消費習慣に大きく影響するのだ。

マンガを選び消費者に売る立場から本を出版する側に変わっても、同じようにハスラー氏が力を発揮できるかについて疑問視する声もあるし、現在のところどの「ボーダーズ」に行っても品揃えが全く同じすぎると言った意見や、ハスラー氏が消費者に届くマンガを売れる本だけに限定するお堅い“門番”だったというような否定的な意見もある。

しかしハスラー氏の担当した「ボーダーズ」のグラフィック・ノベル+マンガセクションは扱う本の幅が広く、選ぶ本に偏りが少なかったという意見も多くみられる。

ICv2では、ダイアモンド・ブック・ディストリビューターのクオ-ユ・リアン氏の意見が多数派を代表しているとみる。

ハスラー氏は多くの人が考えているよりももっとグラフィック・ノベルやマンガの成長に貢献した。どんな小さな出版社の人間に会うことも厭わなかったし、新しいことに挑戦し、失敗を犯した時はそれを認めることをためらわなかった。ハスラー氏がマンガだけをサポートしている思われがちだが、マーベルやトップ・シェルフの本も書店に出すことに努力していた。売れる本だけしか扱わないと言った批判も受けていたが、1000店舗以上で予算を40億ドルも持つバイヤーがそうするのは財政上の責任というもの。

新たな「ボーダーズ」のバイヤーは、ある特定の分野のマンガに偏見を持っていないか?大手のマンガ出版社の本だけを扱いたがるのではないか?多くのマンガ読者、またはブログ界隈の濃いマンガファンは、現在は新たなバイヤーの動向を心配しつつ見守っているというところだろう。