BLマンガをアメリカで最も早く売り出した出版社の一つ、DMP社のプレジデントへのインタビュー。

本の専門紙PublishersWeeklyによる、アメリカの出版社Digital Manga Publishing(DMP)プレジデントのヒカル・ササハラ氏へのインタビュー記事の要約を掲載する。

『ジャンプ』USA版を発売するVIZ講談社系のマンガを主に発売するDel Reyアメリカでの現在のマンガのフォーマットを確立したTokyopop、劇画も扱う老舗のDark Horseなどに比べると比較的知名度が低い出版社に思えるが、BLマンガの隆盛でアメリカのマンガ界で最近その存在感を増してきているDMP社。ササハラ氏は業界向けサイトICv2による「マンガ市場で現在最も影響力のある10人」*1の9人目に選ばれている。

DMP社はアメリカでBLを最も早く発売し始めた出版社の一つであり、アメリカ市場でのそのジャンルの発展に貢献した。ササハラ氏はマンガ出版以外にも、マンガ情報と関連商品販売サイトAkadot、アニメ・マンガ関連の日本ツアーを提供するPop Japan Travel、そしてマンガの描き方をネットで教えるManga Academyを運営している。

DMPは日本の会社ですか?

アメリカの会社です。わたしが1996年に創立しました。今年で10周年です。

10周年を祝う計画は何かありますか?

もし予算が許せばですが、会社の従業員20人全員を日本に連れて行くことを考えています。そのうちの何人かは日本に行ったことがないんです。彼らに日本がどんなにクレージーな国か見せたいですね。

日本でお生まれになったんですか?

わたしは日本で生まれ、日本で育ち、1973年にアメリカに来ました。家族で小さなアニメのスタジオを経営していて、父が生きていた時父はよくディズニーの素晴らしさについて語っていました。そこでわたしは父にこう言いました。「アメリカに行って、ディズニーで学んでくる。そして返ってきて仕事を手伝うよ」。なのに私はアメリカに来て、そのまま家には帰らなかったんです。アメリカでは色々なことが起こっていました。60年代の日本はまだ貧しくエキサイティングな場所ではありませんでした。「アメリカに行かなくては」当時はそう思ったのです。

DMPを始めた当初、どのような会社にしようと考えていらっしゃったのでしょうか?

それはこの10年間少しも変わっていません。比較的小さいけれど、唯一無二の会社にしたいということです。フットワークが軽く、常に新しく、クレージーで、VIZやTokyopopのような大きな会社とは別のものを目指しています。それがまさに10年間やってきたことです。そしてまさにそのおかげで、ICv2から最も影響力がある10人に選んでいただけたのだと思います。収益でベストの会社、1年に一番多くの作品を出版した会社になりたいわけではありません。他の会社がやっていない多くのことをやってきたのです。

DMPは出版社という枠には収まりませんね。旅行サービスに関して話していただけますか?

テレビでたくさんのアメリカ人がアニメ・エキスポ(コンベンション)にコスプレをして参加しているのを見ました。そこでわたしはPop Japan Travelで、アメリカからアニメ、マンガ、ゲームのファンを日本に連れて行くツアーを始めたのです。東京の街を歩き、アニメ、マンガ、ゲーム関連の買物をする。普通ならファンが入れないような有名なアニメスタジオ見学もツアーに入れました。わたしの家族はまだ東京でアニメスタジオを経営しているので、知り合いのスタジオがあるのです。ファンはクリエーターたちと話し、時々は夕食を一緒に食べ、サインをもらうこともできます。今年でツアーを始めて3年になりますが、毎回ツアーは完売しています。日本へのツアーを提供している出版社は他にはありません。

DMPのBL作品や他のマンガ作品についてお聞きしたいと思います。

ある程度の年になるまで、BLというジャンルがあることを知りませんでした。徳間書店の社長がわたしに「同性愛を扱ったマンガ」だと教えてくれ、最も利益の上がるジャンルだと言ったのです。日本ではこのジャンルで30年以上ビジネスが成り立っています。5年から10年も続くものには何かがあると思うし、オタク心理は世界中どこでも同じだと思います。同じジャンクフード、同じテレビ番組、同じゲーム、同じマンガが好きなんです。もし日本で人気があるなら、アメリカでも同じだと思いました。

初期のBL作品の一つ『その指だけが知っている』は瞬く間に売れて、宣伝もせずに1万2千部が出ました。「これには何かある」そう思い、その市場性のチェックもせずにBLマンガを5作品すぐさま手に入れました。そしてその全部がとても良く売れたのです。こう言った人たちもいました。「同性愛マンガで利益を得ようとすれば、ポルノの会社だと思われるぞ。」でもわたしは気にしませんでした。性的に激しすぎる表現のある作品は発売しないように気をつけていて、発売しているのは全て比較的ソフトなポルノ的表現のある作品ばかりです。

ただ3年間BLマンガを発売した後、社内で大きな議論が交わされました。そしてわたしたちは801 MediaというハードコアなBLを発売する会社を立ち上げることにしました。801 Mediaの本は一般書店には並びません。オンライン書店か、コミックス専門店です。

Akadotでは業界のニュースを配信したり、関連商品の販売も行っていますね。DMPはマンガを輸入するだけでなく、日本のポップカルチャーへの文化的理解を広めようとしているように見えます。

我が社は小さく、競争力を持つためには何かユニークなことをしなければなりませんでした。『プロジェクトX』などのノンフィクション、エジソンアンネ・フランクなどの偉人を扱ったマンガシリーズの出版がそうです。親の多くはマンガは子供の頭を悪くすると考えているようですが、その考えを変えていきたいと思っています。

ペンギン社のためにマンガの翻訳などを担当する契約を結んでいましたが、その契約はキャンセルされました。アメリカでのマンガの方向性にメインストリームの出版社はどのように影響を与えるとお考えですか?

ペンギン社との契約はうまく行きませんでしたが、大手出版社と契約を結ぶことでは、我が社も利益を得ることができると思います。伝統的な大手出版社の意向は確かにマンガの方向性を変えるとは思いますが、マンガをもっと大きな産業に成長させるとも思います。ペンギン社だけでなく、ランダムハウスやハーパー・コリンズなどの大手もマンガの出版に乗り出しています。マンガは一時的な産業ではありません。大手一般書店にはあんなに大きなマンガコーナーがあるんですよ。

マンガのライセンスを扱い始めた当初、わたしは勘違いをしていました。日本では大手出版社だけが良い作品を持っている。大きな出版社は従業員の人数や資本金だけを見て会社を判断する。当時我が社には10人しか従業員がいなくて、わたしはいくつかの中小の出版社に声をかけ、とても良くしていただきました。その中小の出版社は素晴らしい作品を持っていて、わたしたちと同じ立場にありました。わたし達は助け合ってビジネスを進め、とても良い相乗効果が得られたと思います。現在、中規模の出版社3、4社とお付き合いさせていただいていますが、出版する本には自分たちの会社のロゴに加えてその出版社のロゴも必ず載せています。


将来マンガ市場はどうなると思いますか?

市場は飽和状態で、売上は下降すると見ている人もいますが、それは間違っていると思います。日本でもアメリカでも若者の考えていることはとても似ているんです。アメリカから日本に行くのも昔よりもっと簡単です。わたしがアメリカに来た時、4年間働いてお金をためなければなりませんでしたが、今はバイトをすれば600ドルの往復チケットが買えるお金を十分に稼ぐことができます。これからもマンガ市場は広がって、成長していくでしょう。

日本の成人向けマンガを出版するIcarus Publishing社のサイモン・ジョーンズ氏が、自分のブログ(←注意!成人向けコンテンツあり!)でこのインタビューの興味深い点を3つ挙げている。

  • アメリカでのBLマンガの発売は市場の需要によって行われたのではなく、徳間書店の社長による直接の示唆が元になっていること。
  • 801 Mediaの出すハードコアBLは一般書店には置かない。オンラインか専門店でのみの販売。
  • なかなか出版部数が出ることの無いマンガ出版界で、プレジデントが『その指だけが知っている』が1万2千部売れたとハッキリ言っていること。

エロマンガを出版する立場にいるジョーンズ氏は「もしBL軍団とエロ軍団が戦争したら、エロ軍団の負けだぁ」と嘆いている。つまり男性向けエロマンガの発売部数の方が低いということらしい。

わたしも個人的にハードコアBLは一般書店に置かない選択は正しいと思うな。
↓宣伝無しで1万2千部売れた英語版『その指だけが知っている』1巻。

Only the Ring Finger Knows 1: The Lonely Ring Finger

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*1:マンガ市場で現在最も影響力のある10人」:当ブログ「米大手出版社マンガ事業参入と、その責任者に就任した大手書店グラフィック・ノベル部門担当バイヤー」の記事の真ん中あたりにその10人のリストあり。