「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(1)
当ブログで勝手に開催している「2008年の北米マンガ界を振り返る」特集。今まで第1弾「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」、第2弾「2008年北米マンガ売上、2000年以降初めて下がる」とお送りしてきたが、今回は第3弾「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」。その第1回目。
実はわたし自身が北米マンガ界での「2008年10大ニュース」が読みたくて、英語圏のマンガサイト・ブログなど色々捜していたものの、適当なものが見つからなかったので、自分で書くことにしたのが今回の記事。
「10大ニュース」選考にあたって、友人のエド・チャベス氏に協力していただいた。エドは米マンガ出版社で働くフリーのマンガ編集者で、北米で最大の発行部数を誇るアニメ雑誌『Otaku USA』のマンガ記事担当ライターでもあり、更には人気マンガブログ『Manga Cast』の運営者だ。*1
それでは『Manga Cast』と『英語で!アニメ・マンガ』の日米マンガサイトがおくる、ここでしか読めない「2008年北米マンガ界10大ニュース」をお読みください。「2008年北米マンガ売上状況と市場の問題点」、「2008年北米マンガ売上、2000年以降初めて下がる」を先に読むとより理解できると思います。
「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(1)
第10位
TOKYOPOPの「マンガ・パイロット・プログラム」:クリエーターの権利
2008年5月、北米マンガ出版社TOKYOPOPは同社独自の新人発掘プロジェクト「マンガ・パイロット・プログラム("Manga Pilot" program)」開催を発表した。TOKYOPOPは21世紀以降(厳密には2002年以降)の北米での日本産マンガブームを牽引した出版社であり、積極的に自社製オリジナルのマンガを出版し、マンガを描きたい北米の若者に出版の場を提供してきた出版社である。
TOKYOPOPはこの「マンガ・パイロット・プログラム」開催以前の2002年から「ライジング・スターズ・オブ・マンガ(Rising Stars of Manga)」というマンガ賞*2を主催してきた。同賞が始まって数年後にはHP上で応募作を公開し、読者投票によって決まる「ピープルズ・チョイス(People's Choise)」賞も加えられたが、同賞は基本的には日本の雑誌が主催する多くの賞と似たマンガ賞である。応募作品を受け付け、編集者が受賞者を決定し、大賞受賞者にはTOKYOPOPから単行本出版のオファーが来る。実際、受賞者の多くは受賞後同社から単行本を出版している。
↓「ライジング・スターズ・オブ・マンガ」の入賞作を集めた単行本。
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現在『モーニング・ツー』で『ピポチュー』連載中のフェリーペ・スミスも同賞出身。TOKYOPOPから3冊の単行本を出した。
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そのTOKYOPOPが2008年に開催を発表した「マンガ・パイロット・プログラム」は、上に挙げた「ライジンズ・スターズ・オブ・マンガ」のようなマンガ賞ではなく、新人マンガ家とTOKYOPOPが組んで作ったパイロット作品をネット上で公開して読者の反応を見ようと言う試み。
つまり、このプログラムでは、応募作の中から選ばれた作品、または応募作の中からTOKYOPOPによって選ばれたマンガ家により制作された24〜36ページの作品が、パイロット作品としてHP上に公開される。読者はその作品にコメントを付けたり採点したりすることができる。(厳密に言うと、すべてが新人マンガ家というわけでも、応募作の中から選ばれた作家というわけでもない。既に別の出版社から作品を出版している作家も同プログラムに参加している。)
TOKYOPOPは作品の評判が良かった場合、メディア展開の可能性も示唆している。(ただし、パイロット作品に選ばれた作品が出版されるかどうかは明言されていない。)
このプログラムのTOKYOPOP側のメリットは、HP上に掲載したことによって「パイロット作品」に対する読者の反応を見る機会を得ることにある。「その作品に将来はあるのか」「もしあるならどのようなメディア展開をするのが良いか」など反応を見ながら決めることができるのだ。個人的には日本のマンガが単行本化する前の“雑誌”の役割を担っているとも思える。そしてこのプログラムに参加するマンガ家のメリットは、業界を牽引してきた1社であるTOKYOPOPのサイトに掲載されることによって、自分の作品を多くの人に見てもらえる機会を得るところだ。
そもそもこの形式の読者参加型コミックスサイトと言うのは、北米でも珍しいことではない。スーパーマン、バットマンと言った超メジャーなキャラクターを擁するDCコミックスでも『ZUDA』」という、同じように新人作家(こちらも厳密に言うと、新人作家のみとは限らない。作品公開の基準には作家による推薦もあると明記されている。)のオリジナル作品を公開するサイトを運営しており、読者が投票に参加できる応募作品のコンテストも開かれ、多くの読者を集め成功していると言われている。(『ZUDA』のコンテスト優勝作品はDCからの出版が約束されている。)
2008年にTOKYOPOPの「マンガ・パイロット・プログラム」が大きな話題になったのは、その形式のためではなく、選ばれた新人マンガ家と同社が結ぶ契約内容にあった。ネット上に公開された同プログラムの契約条件が問題とされたのだ。それは「パイロット・プログラム」に応募したマンガ家、またはそのプログラムのためにオリジナルのマンガを制作した新人マンガ家が「選ばれた名誉と原稿料」と引き換えに、著作権に関してかなりの権利放棄を求められていた点である*3。
TOKYOPOP「パイロット・プログラム」開催が発表されると、北米の多くのマンガ関連サイト・ブログが一斉にこの件を取り上げTOKYOPOPを非難した。もちろん条件が明示されているため、マンガ家を騙しているわけではなく、条件が気に入らなければ応募しなければいいだけのことだ。しかし、多くのマンガファンはその条件の厳しさに憤った。
その怒りの火に油を注いだ理由は私見では2点ある。ひとつは、その契約内容を示した文面だ。法律用語を使わず一見フレンドリーな口調を使っているため、内容の厳しさをその口調でごまかしているように見えてしまったこと。もうひとつは、北米のマンガ読者が若くマンガ家になりたがる描き手も若い、という事実。上で取り上げたDCの『ZUDA』に投稿している/投稿すると思われるマンガ家とはかなり年齢層が違う。「MANGA」を描こうとしているのは、特に北米では圧倒的に10代だ。
マンガ読者、ファンのみならず、プロのコミック作家やマンガ家自身たちも自分たちのブログで、このプログラムの契約書にサインしないように呼びかけ、声をそろえてTOKYOPOPの問題点を指摘した。自分の作品の権利を放棄することが、作家としての将来にどういう意味を持つのか理解できない若手マンガ家に対してこのような契約にサインさせようとするのは人道的にも問題がある、というのである。
もちろん、TOKYOPOPを擁護する声もある。「ライジング・スターズ・オブ・マンガ」で大賞を受賞したジョシュ・エルダー(Josh Elder)は、あるブログのコメント欄で「結局出版社はリスクをある程度冒して本を出版する。自分は早く自分の本を出したかった。TOKYOPOPで本を出す前はどこからもオファーは来なかったが、TOKYOPOPで注目を浴びたため、その後仕事がとても増えた。何かを得る時は引き換えに何かを失うものだ。」という趣旨の発言をしている。
もともと北米ではコミックス・アーティストの権利は既得権というわけではなかった。「メインストリーム」と呼ばれるスーパーヒーローのジャンルでは、「バットマン」「スパイダーマン」と言った既存のキャラクターを描くアーティストは自分の描いた絵に対して何の権利も持たない。原稿は買いきりで(その分原稿料は高めである)、原稿そのものはアーティストの所有物になるため、しばしばアーティストは自分の原稿を売って収入の足しにしている。
「スパイダーマン」で一躍人気となったトッド・マクファーレンが他のアーティストたちと、アーティストの権利を求めて90年代にImage Comics社を設立したことも、北米でのアーティストの権利への意識の変化を語る上で重要な出来事だろう。今でもスーパーヒーローを主に出版する大手2社のメジャーなキャラクターについてはアーティストは権利を持たないが、DCの「Vertigo」レーベルやインディー、オルタナティブと言ったマイナー系のコミックスでは、アーティストは自分の作品に対して一定の権利を確保している場合も多い。
北米のコミックス業界において、アーティストの権利はアーティストたちが戦って勝ち得てきたもの、という意識が強い。特に高校生2人組が作ったキャラクター「スーパーマン」の著作権を巡り、遺族とDCコミックスの間で長きに渡って戦われた法廷闘争で遺族に有利が判決が出た直後のTOKYOPOPの「マンガ・パイロット・プログラム」の発表は、アーティストたちの感情を逆なでした点も否めないかもしれない。
「2008年北米マンガ界10大ニュース:2008年アメリカのマンガ界ではこんなことが起こってた!」(2)に続きます。長くなってすいません。
*1:エド・チャベス氏は「アニメ!アニメ!」さんのサイトでアニメ評論家の藤津亮太さんと対談もしている。「なぜ評論をするのか」「マンガ・アニメ評論はどこに向う?」