北米マンガ事情:アメリカ産原作のMANGA化(1)

まず今回のテーマの説明(言い訳?)から。


最近ネットとリアルの両方で度々「“2008年北米マンガ界10大ニュース”の続きは?」と聞かれることが多いのですが、街では2010年のカレンダーとか手帳が売られている昨今、今更「2008年北米マンガ界10大ニュース」でも無いだろー…と思い、すっかり放置モードでした。


ただ今回ちょっと思うところがあって続きを載せることにしました。超今更な感じが否めませんが、この「2位」の話題に限って言うと間違いなく2009年にも、更には来年以降も関係あると思われるので、「2008年北米マンガ界10大ニュース」の「2位」で取り上げる予定だった記事に手を加えたものを掲載します。この記事を今掲載する意味をはっきりさせるために、今までの「10大ニュース」では入れないようにしてきたわたし個人の意見も弱冠入れました。


そもそも「北米マンガ10大ニュース」を始めたのは、日本のマンガ読者・マンガ業界の方々にもっと北米マンガ事情について知っていただきたい、という気持ちからでした。わたし自身、海外マンガ専門エージェントとして働くなかで、あまりにも北米事情について知られていないことが多いと日々感じているからです。今回の記事にご意見などありましたら、当ブログ管理人ceena(椎名)までメールをいただけたらと思います。


言い訳が長くなりましたが、「2008年北米マンガ界10大ニュース」第2位アメリカ産原作のMANGA化作品の成功」です。

以前の記事を読んでいない方は第10位第9位第8位第7位第6位第5位第4位第3位の記事も合わせてお読みください。


その上記事まで長くなったので2回に分けます。しつこいですがもう少しだけお付き合いくださいマセ。

(注意)

このブログで「マンガ」「コミックス」という言葉を使う場合、「マンガ」は「日本のマンガのスタイルで描かれた作品」、「コミックス」は「西洋のコミックスのスタイルで描かれた作品」と区別しています。


第2位

アメリカ産原作のマンガ化作品の成功:“マンガファン”以外の読者拡大の可能性


景気の良い話題が少なかった2008年のアメリカのマンガ業界の中で、明るい話題を提供していたのが「アメリカ産原作のマンガ化作品の成功」だった。それはアメリカ産小説、アメリカ産テレビ番組など、アメリカで既に知名度のある作品を原作として使ってアメリカで製作されたマンガの成功を指す。


当ブログ「2008年北米マンガ界10大ニュース」の「第7位 J-OEL:日本人による非日本産マンガ」でも取り上げたように、以前に比べると活発ではないものの、北米の出版社は日本産マンガの翻訳版を出版するだけでなく、自社オリジナル作品の出版も行っている。「第7位」の「J−OEL」とは、北米の出版社主導で製作され、作画担当に日本人マンガ家を採用する作品を指し、記事ではそのような作品の増加について書いた。


今回「第2位」として選んだのは、アメリカ産マンガの原作によく知られた作品が使われた場合、つまり出版社が自社でオリジナルのマンガを製作するところまでは「OEL」や上で述べた「J−OEL」と同じだが、その原作に既に北米で知名度のあるアメリカ産作品を使ったマンガ化の場合である。



アメリカ産ヤング・アダルト向け人気小説のマンガ化>



その成功作品として筆頭に挙がるのはDel Rey社から2008年6月に出た『In Odd We Trust』だ。原作はベストセラー作家ディーン・クーンツ。クーンツが自身の人気シリーズ「オッド・トーマス」の番外編を原作として書き下ろし、オーストラリア人マンガ家クィニー・チャンが作画を担当。同シリーズは死んだ人の霊が見える青年オッド・トーマスを巡る物語なので、Tokyopop社からオリジナル作品『Dreaming』を出しホラーマンガ家として知られたクィニー・チャンが抜擢されたのだと思われる。

↓原作クーンツ/作画チャンの『In Odd We Trust』。もちろんこの題名は米ドル紙幣に書かれている「In God We Trust(我々は神を信じています)」のもじりだ。

In Odd We Trust (Graphic Novel) (Odd Thomas Graphic Novels)

In Odd We Trust (Graphic Novel) (Odd Thomas Graphic Novels)

↓日本版・小説「オッド・トーマス」シリーズ第1弾。

オッド・トーマスの霊感 (ハヤカワ文庫 NV ク 6-7)

オッド・トーマスの霊感 (ハヤカワ文庫 NV ク 6-7)


日本での知名度は今ひとつの感があるクーンツだが北米での人気は高く「オッド・トーマス」シリーズも若い読者に人気がある。加えてクーンツ自身が人気シリーズの過去のエピソード書き下ろしたということで、『In Odd We Trust』は発売から1年以上経っても売れ続けた。筆者の個人的な意見では、マンガとして読んだ場合クィニー・チャン作品では前作の『Dreaming』のほうが出来はよほど良いと思うが、にもかかわらず成功したのはクーンツの知名度マーケティング+プロモーションの勝利と言うべきだろう。


更にDel Rey社からはテリー・ブルックスによるヤング・アダルト向け人気ファンタジー小説「シャナラ」シリーズのグラフィック・ノベル化作品『Dark Wraith of Shannara』が登場。こちらも作家本人によって書き下ろされた新作エピソードが原作である。本作自体は「マンガ」ではなく「グラフィック・ノベル」とうたわれているが、その絵柄がマンガ的だったこともあってマンガファンからも注目された。

↓Del Rey社から出版されたグラフィック・ノベル『Dark Wraith of Shannara』。

Dark Wraith of Shannara

Dark Wraith of Shannara

↓日本版・小説「シャナラ」シリーズ第1作目。

シャナラの剣 上

シャナラの剣 上


Tokyopop社もHarper Collins社と提携し、ヤング・アダルト向けとして既に人気のあった小説のマンガ化作品を出している。その中で特に売上が好調なのはエリン・ハンターの「ウォーリアーズ」シリーズとエレン・シュライバーの「ヴァンパイア・キス」シリーズ。Tokyopopはこれに加えて『スタートレック』『ウォークラフト』『ゴーストバスターズ』『バトルスターギャラクティカ』など映画、テレビ番組のマンガ化を次々と出版。今回の「アメリカ産原作」には当てはまらないが、今年はあのNHKのキャラクター「どーも君」マンガも出した。

↓エリン・ハンター原作「ウォーリアーズ」シリーズ1作目のマンガ化作品である『The Lost Warrior』。2008年で3巻まで出ている。

Warriors: The Lost Warrior (Warriors Manga)

Warriors: The Lost Warrior (Warriors Manga)

↓原作である小説「ウォーリアーズ」シリーズの日本語版1作目。
ウォーリアーズ〈1〉ファイヤポー、野生にかえる

ウォーリアーズ〈1〉ファイヤポー、野生にかえる


↓エレン・シュライバー原作「ヴァンパイア・キス」シリーズのマンガ化。講談社「モーニング国際新人マンガ賞」第1回優勝者remが作画を担当。本作品のマンガ化は3巻まで出ているがremによる作画は2巻まで。

Vampire Kisses: Blood Relatives, Volume II

Vampire Kisses: Blood Relatives, Volume II

↓原作である小説「ヴァンパイア・キス」シリーズの日本語翻訳版。
ヴァンパイア・キス1 転校生は吸血鬼

ヴァンパイア・キス1 転校生は吸血鬼

TOKYOPOPによる「スター・トレック」シリーズのマンガ化作品。ここにあげた3巻の表紙は、講談社モーニング・ツー』で現在連載中『ピポチュー』のマンガ家フェリーぺ・スミス(日本在住)の手によるもの。

Star Trek: the manga Volume 3: Uchu

Star Trek: the manga Volume 3: Uchu


TOKYOPOPによる「どーも君」マンガ化作品。

Domo

Domo

この他、「2008年北米マンガ界10大ニュース」第4位でも取り上げた北米で唯2のマンガ雑誌のひとつで2008年に創刊された『Yen Plus』は、ヤングアダルト向け小説で人気のジェームズ・パターソンによる「Maximum Ride(マキシマム・ライド)」シリーズのマンガ化作品を創刊号から連載開始。単行本は2009年に入って出され、マンガ単行本売上リスト上位の常連となっている。

↓パターソンの「Maximum Ride」シリーズのマンガ化作品1巻。作画は韓国人マンガ家NaRae Lee(韓国在住)。

Maximum Ride: The Manga, Vol. 1

Maximum Ride: The Manga, Vol. 1

北米でTokyopopに次いで積極的にオリジナルマンガを出版してきたSeven Seas Entertainment社は2008年にPSPゲームソフト『Death Jr.』を原作とするマンガ化作品『Pandora: Death Jr.』を出した。

PSPゲームのマンガ化である『Pandora: Death Jr.』

Pandora: A Death Jr Manga (Death JR.)

Pandora: A Death Jr Manga (Death JR.)

<マンガファン以外の読者の取り込み>


もともと『スター・ウォーズ』『HALO』など人気SF映画やゲームの“コミックス化”は北米でも過去多く行われてきた。北米では日本と違い、コミックス(またはグラフィック・ノベル)は基本的には一部のファンが読むものである。そのため、コミックス化される作品には北米のコミックスファン層=20代後半以上の男性に人気があるジャンルの映画やTV番組が比較的多い。


しかし北米でのマンガ人気の歴史の短さゆえか、マンガスタイルを使った“MANGA化”に限って言えばTokyopopによる『スタートレック』マンガなどまったく無いわけではないものの、今まではあまり積極的に行われて来なかった。


2008年に出たDel Rey社の『In Odd We Trust』の成功で注目すべきなのは、一部に熱狂的なファンを持つSF作品やファンタジーではなく、ベストセラーリストに数々のヒット作を送り込んだメインストリームの作家であるクーンツによる原作をもとにしている点と、そのメインストリーム作家の原作のコミックス化がマンガのスタイルで描かれた、という点である。クーンツの知名度を考えると、今回のヒットは通常のマンガ読者以上の取り込みに成功したことが鍵となっていることは想像に難くない。


マンガファンだけでなくメインストリーム市場をターゲットに製作されたマンガ作品の例を他に挙げると、歌手のアヴリル・ラヴィーン製作協力の『Make 5 Wishes』(2007年)になるだろうか。ラヴィーンのニュー・アルバム発売に合わせて出版され、アルバムのプロモーションでラヴィーンがテレビ出演した時にこのマンガについて語ったことが功を奏したのか、予想以上の売上をあげた。

↓ラヴィーン製作協力『Make 5 Wishes』の日本語版『5つの願いごと』1巻。2巻まで出ているが、1巻のみ作画を担当したカミラ・デルリコは筆者が日本でのエージェントをつとめる。このマンガ家さんに興味のある方は当ブログ管理人・椎名までご連絡ください。(スイマセン、宣伝でした。)

アヴリル・ラヴィーン 5つの願いごと 1

アヴリル・ラヴィーン 5つの願いごと 1


そもそも北米産のオリジナルマンガ作品が成功した例は今まで多くなかった。


宣伝という点で見ると、日本産マンガの翻訳作品の場合は出版前にマンガファンの間の認知がある程度確保できる。それは例えば、北米マンガファンはネット上で日本のマンガ情報をかなり把握している場合が多く、米マンガ出版社は日本マンガの出版ライセンス取得をコンベンションなどで1年近く前から大々的に発表するからだ。それに対して『Yen Plus』に掲載されている少数の例外作品を除き、雑誌の存在しない米出版社の出すオリジナル作品に対しては、たとえ事前に宣伝を行ってもファンの期待度を予測しにくい。


しかし、アメリカで人気のある小説が原作の場合は、既に存在する原作ファンへの訴求力に頼ることができる。その上通常のマンガ読者も手に取ることもあるので、ヒットになる可能性が高い。とりわけ北米でのマンガ読者はティーンエイジャーが主要な読者層(大学生になるとマンガを卒業する)と言われているので、ヤング・アダルト向けの人気小説やゲームを原作に持つことのメリットは大きい。



北米マンガ業界にとって新規読者を開拓するのは常に大きな課題であり、メインストリームの作品を楽しむ市場からの読者の取り込みは大きく業界に望まれていることである。2008年におけるアメリカ産原作をもとにしたマンガ化作品の成功は、これからの北米でのマンガ市場の課題とその可能性を示すものであった。

この記事、次回に続きます。