アメリカにおけるネット上での本の違法ダウンロード調査。


電子書籍元年」とも言われる今年、年頭から電子書籍を巡って色々とニュースが舞い込んでいる。例えば「電子書籍へ大手が大同団結」(Asahi.com)は、キンドルに代表される読書専用端末の到来による市場変化を見越した大手出版社の「日本電子書籍出版社協会」(仮称)設立の動きを伝えたものだ。


もちろんわたし自身も仕事柄、電子書籍には人並み以上の関心を持っている。しかし電子書籍を(たとえ専用端末上であっても)消費者にお金を出して積極的に購入してもらうには、ネット上に流通している「著作者に無断でアップロードされ、その気になれば誰にでも無料で手に入るコンテンツ」が無くなることも同様に大事だと考えている。


そこで、今日取り上げたいのはアトリビューター(Attributor)というネット上のコンテンツを監視する団体が1月14日付けで発表したネット上の違法コンテンツの流通に対する調査だ。



この調査は2009年の第4四半期にアメリカで流通していた14ジャンルの913の書籍について行われた。

以下、調査の簡単なまとめ。

  • 同団体が調査した25のウエブサイトから900万回を超える違法ダウンロードが確認された。
  • 4つの無料ファイル共有サイトからはおよそ300万回の違法ダウンロードが認められ、この4つのサイトだけみても全体の違法流通コンテンツの3分の1に及ぶ。
  • 900万回の違法ダウンロードを小売価格で計算するとほぼ3億8千万ドルに相当する。
  • 調査対象となった本の市場での占有率から違法ダウンロード全体の小売価格を推定すると28億5千万ドルから30億ドルとなる。
  • 上記の金額はアメリカの出版売上のほぼ10%を占める。
  • 平均するとおよそ1つの本につき1万冊が違法で読まれている計算となる。
  • ジャンルと違法ダウンロードされる回数には相関関係が見られる。一番多く違法にダウンロードされているジャンルは「ビジネスと投資」で平均1冊につき1万3千回。「フィクション」は調査されたジャンルの中では一番ダウンロードが少なく、平均1冊につき2千回。


(調査上のジャンル、小売価格共にAmazonを参考にしている。調査対象となった913冊は同四半期の出版市場の13.5%を占める。)

パブリッシャーズ・ウィークリーのインタビューに応えて、同団体曰く「1年前に調査を始めた時よりも状況は悪化している」。



調査結果のまとめてとしてアトリビューターでは、この結果が「違法ダウンロードがどのくらい業界に損失を与えているかを示す」ものではない、としている。つまりこの調査結果は「違法ダウンロードがなかったら、どのくらい本が購入されていたか?」の質問の答えにはならず、違法ダウンロードがなければその分の本が購入されていたと考えるのは安易だと警告する。




アトリビューターが指摘するまでもなく、違法ダウンロード流通がどれほどその流通するコンテンツの権利者に被害を与えているかを正確に算出するのは不可能だ。


ネット上では日本のアニメ・マンガが、著作権者の許可無く大量にアップロードされ、世界中で視聴され、読まれているのは多くの人の知るところである。経済産業省は「模倣品被害の報告書」を毎年出しているが、いくつもの種類の「模倣品」(例えば、商標など)が同時に調査されているため、「アニメ」なら「アニメ」、「マンガ」なら「マンガ」の違法コンテンツ流通の実態は、その報告書の細かさにも関わらず見えにくい。


しかも、日本のアニメ・マンガの場合「著作権者からの許可の無い翻訳―ファンサブスキャンレーション」が、作品の「宣伝機能を果たし、ファンの拡大に繋がっている」などという理由で、ファン自身により更には時に海外でのアニメ・マンガ人気を伝える報告者からも正当化されてきた経緯がある。以前は「正規品の発売が決まった時点で、無許可のファンサブスキャンレーションは取り下げる」というファン内での自主規制が存在したこともあったようだが、現在ではこの自主規制はまったく守られていないに等しい。


パブリッシャーズ・ウィークリーは今回の調査結果が「電子書籍によって違法コンテンツの流通が促進されることを心配する出版社を益々不安にさせている」とみる。日本産コンテンツに限っても、正規のアニメ配信サイトの動画がファンサブに素材を提供している、という話も聞くので(真偽は未確認 実際にCrunchyrollなどの合法サイトのロゴが入ったままの映像がファンによる違法サイトに流れているのが確認されている*1)、その心配は杞憂とは言えない。



個人的に今回の調査で注目したのはアトリビューターが公表した中の「2009年第2四半期中に出された5万3千の配信停止要請のうち98%で、サイトによる配信の停止が確認された」という点だ。


日本の著作権者も過去に「配信停止要請」(Cease and Desist Letter)を「著作権者に許可なく配信されたアニメ・マンガ」に対してまったく出してこなかったわけではないが*2、ここまで積極的に動いてきたわけではない。むしろ北米のファンからは消極的と考えられていて、業を煮やしたファンが団体を立ち上げたほどだ。


「アニメの違法配信に反対するファン団体「Operation TAFAP (True Anime Fans Aren't Pirates!)」(ULTIMO SPALPEENさん)


今回の調査で法的手段に出る前段階での「配信停止要請」が有効であることが明らかになったのは、裁判費用などを考えると著作権者にとって経済的に心強い*3



このままではインターネットがある限り、違法にアップロードされるコンテンツはなくならない。そのためインターネットでコンテンツを配信する有益なビジネスモデルを作る際には、以下に述べる点も考えて欲しい、と呼びかけたい。あまりにも原始的な主張なので恥ずかしいほどだが、実際にこの認識が共有されていないと思われる機会に最近いくつか遭遇したので、あえて書いておくことにした。


それは著作権に許可無くアップロードされたコンテンツの実態調査をきちんと行う必要があり、もし行われているのならその調査結果は広く知られることが重要だ」ということである。


どれほどの損害額かを算定することが不可能でも、実態を知った上で行動することが大事だ。もし著作権者が「ファンは自分の著作物を好きにしてよい」と思うならそれでいい。ただ人気アニメやマンガが数十万、数百万単位で違法にダウンロードされていることを知っても「宣伝になるから、ほっておけばよい」と思う著作権者は少ないのではないだろうか。

*1:ULTIMO SPALPEENさんより情報をいただきました。

*2:少し古いが例として、当ブログの2006年5月の記事「北米ファンによる違法翻訳コピーの行方」参照。

*3:アトリビューターの調査対象であるファイル共有サイトとアニメ・マンガファンによる違法サイトを単純に比べられないが、目安にはなるだろう。